english

平和をつくる
   複雑で、厳しい現実。情熱で救う。

銃を持つシエラレオネの少年兵たち(瀬谷ルミ子さん提供)

平和を「つくる」ことに情熱を燃やしている人がいます。戦争や紛争の後の国・地域で、生活やその国のシステムを立て直すのです。もちろん日本人もいます。

平和構築と呼ばれるこの分野の専門家が近い将来、広島からも育っていくでしょう。アジア各国と日本人計約30人が国連や国際的な支援団体の経験者から学び、現地研修をする事業が今年からこの地で始まったからです。

ジュニアライターは兵士から武器を取り上げ、社会復帰の支援をする専門家にワークショップをしてもらいました。この事業の講師として広島を訪れた日本紛争予防センターの瀬谷ルミ子事務局長(30)が丁寧に教えてくれました。ほかの講師の授業も見学しました。

平和活動に取り組もうとする若い人が集まり、学ぶ。ヒロシマにまた新しい役割が生まれました。

 
 

     武装解除

 
 
 

日本紛争予防センター 瀬谷さんワークショップ

せや・るみこ 1977年、群馬県生まれ。中央大卒、英ブラッドフォード大学院修了(紛争解決学)。国連PKO、外務省の職員としてルワンダやアフガニスタンなどで勤務した。紛争後に兵士から武器を回収し、社会復帰させることが専門。今年4月から日本紛争予防センター事務局長。

紛争が終わった後、兵士を普通の生活に戻す活動の専門家、瀬谷ルミ子さんのワークショップを受けました。特定非営利活動法人(NPO法人)日本紛争予防センター事務局長です。撮影したビデオや写真を見せ、現地の実情を話してくれました。

兵士が一般市民に戻るまで

銃を誇らしげに持つ少年兵の写真を示し、瀬谷さんはこんな質問をしました。「親を亡くした独りぼっちの10歳の女の子と、銃を持ち50人殺した男の子。どちらを助けるべきでしょう」。みんな「女の子」だと思いました。しかし答えは「男の子の方に支援が必要な場合がある」でした。

少年兵以外に生きる道がない男の子を放っておくと、再び人を傷つけてしまい、新しい被害者が出ることがあります。男の子自身が、かつて家族を殺されたなど深い心の傷を負った被害者であることも多いのです。

私たちは、被害者よりも加害者を先に支援することに驚きました。平和をつくることが簡単にはいかないことを知らされました。両者のバランスを考えながら支援することが最も大切、と全員が感じました。

兵士を普通の生活に戻すには5段階があります。(1)兵士の名簿作り(2)各地に散らばる兵士に集合呼び掛け(3)武器を回収(武装解除と呼ぶ)(4)兵士をやめさせる(動員解除)(5)農業や大工などの職業訓練(約3カ月間)―です。子ども兵士は学校に戻します。

日本はアフガニスタンで100億円以上を出し、6万3000人の武装解除に成功しています。

現実には、3カ月の職業訓練では技術が身に付かず、職に就けないことや、紛争時に村の人を殺した人は受け入れてもらえないなどの問題も起きます。

多くの困難があっても、それに取り組む瀬谷さんのパワーに全員が驚かされました。ワークショップを通じて、今まで写真などでしか知らなかった紛争のことを、とてもリアルに感じることができました。(高1・土江綾、中3・室優志、中1・今野麗花)


瀬谷さんのワークショップの様子です

 

     平和構築の寺子屋

 

平和をどうつくっていくのか意見を交わす「寺子屋」の研修員(撮影・中3室優志)

「平和構築の寺子屋」と呼ばれる事業が東広島市内などで9月中旬から始まっています。平和をつくるための人の学校という意味です。

外務省から依頼され広島大の「広島平和構築人材育成センター」が請け負っています。日本人15人、アジア14カ国の14人が、選挙を公平にしたり、警察を立て直したりする方法を勉強しています。今月末まで研修し、東ティモールなど海外で5カ月、現地研修もします。

10月6日の研修を見学しました。授業はすべて英語で、国連などからきた講師が、兵士だった人から武器を取り上げたりする方法などを説明していました。その後、研修員は5つのグループに分かれ、平和な国をどうつくっていくかについて議論をし、10分ずつ発表しました。制限時間が過ぎても発表を熱心に続ける人がいるなど、気迫が伝わってきました。

9月29日には研修の一つとしてシンポジウムがありました。国連や非政府組織(NGO)の職員など、平和活動に取り組む人がパネリストとして参加しました。高校生から大人まで約200人が訪れました。

研修生の一人、カンボジア外務省のグオン・ソックベンさん(34)は、「ヒロシマで原爆が落とされた後の苦しみや、復興の歴史に触れることで、生命力や精神力を感じ、平和構築に取り組む決意を強くした」と言います。実地研修では東ティモールに行く予定です。「衛生や教育など、社会の基礎を復興させるために、何が必要か考えたい」と話してくれました。(中3・室優志、中2・高田翔太郎)


※研修員のブログを読むことができます。http://hpchpc.exblog.jp/


シンポジウムの様子です

 

寺子屋の研修風景と上杉准教授へのインタビュー





 広島大・上杉准教授に聞く 



研修の意義などについて話す上杉准教授=右端(撮影・中3室優志)

「平和構築の寺子屋」の研修を取りまとめる上杉勇司・広島大大学院国際協力研究科准教授(37)は「廃虚から復興を目指す人にとって、被爆しても平和都市に生まれ変わった広島は、平和について考えるのにふさわしい場所」と言います。

原爆ドームや原爆資料館を訪れることができるのも広島の特徴です。また国連や非政府組織(NGO)職員など世界の現場で活躍する人の多くは「広島でやるなら」と、講師を引き受けてくれたそうです。

研修では「明日にでも使える知識」を身に付けること、第一線で活躍する講師との人間関係を築くことに重点を置いています。講義だけでなく討論もあります。宗教や文化が違う人たちと意見をまとめていく作業は「実際の現場でもそのまま役立つ」そうです。

将来的には、日本人講師に高校で講演をしてもらうなど、市民とのかかわりを増やすことで「すそ野を広げていきたい」と話していました。(高3・菅近隆)

 

 白熱の議論 パワー感じた 

 

「平和構築」について取材した感想をジュニアライターで出し合いました。瀬谷さんのワークショップや研修、シンポジウムで感じたのは、活動に取り組む人たちのパワーでした。

シンポジウムでは「生きた知識」という言葉がさかんに使われ、紛争地域の問題をすべて解決できる「公式」はなく、その場に応じた解決策が求められることを知りました。また、子ども兵士も実は家族を殺された被害者であることなど、問題の複雑さを学びました。

こうした活動に取り組む研修員の白熱した議論を聞いて「強い意欲を感じた」という意見が多かったです。一方、研修のすべてが英語でした。これからは「コミュニケーションを図る上で英会話は必要最低限の技術」と痛感した人もいました。

今後は海外で実地研修を終えた研修員を学校や市民の勉強会に招き、何がどう変わったのかなどを報告してもらえば、市民の関心もより高まると思います。(高3・中重彩)