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学ぶ平和
   世界が知恵を絞っている


戦争やテロがなく、みんなが安心して暮らせる平和な世界はどうすれば実現できるのか。それを考える場所は、ヒロシマをはじめ世界中にありますが、学問として研究するとなれば、やはり大学です。日本の大学には「平和学部」はありませんが、海外には「平和」や「紛争解決」を冠した学部や研究所があります。

今回、平和学とは何かを取材したうえで、海外の大学にアンケートを送り、卒業生にインタビューをしました。「戦争がない状態」=「平和」ではなく、平和のために戦争が必要という議論があることも知りました。また、紛争解決のために多くの実践研究が進んでいることも分かりました。

 
 平和学とは   岡本三夫・広島修道大名誉教授に聞く
貧困や武器などもテーマ

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平和学について説明する岡本さん(左)(撮影・中3土田昂太郎)

「平和学」はどんな学問なのか、日本平和学会理事で広島修道大名誉教授の岡本三夫さん=広島市安佐南区=に聞きました。

平和学は戦争をなくす方法を考えると思われがちですが、それだけでなく、争いを生む背景にある貧困や、宗教と戦争の問題、武器取引の規制など幅広い研究テーマがあります。

日本は被爆体験を踏まえた研究が大きな柱になっているそうです。米国では紛争解決の研究がさかんで、国同士だけでなく個人間の問題も考えます。また「良い戦争」と「悪い戦争」という考え方があり、原爆投下も「戦争を早く終わらせた」行為という見方もあります。世界中に植民地を持っていた英国では、発展途上国の平和問題などについての研究も多いそうです。

岡本さんは、ベトナム戦争を教訓に「武力による平和」ではなく、非暴力主義で世界をどう平和にしていくかを研究してきました。1976年に岡本さんが国内の大学で初めて「平和学」の講義を開き、現在は50以上の大学で行われているそうです。

日本平和学会(会長・遠藤誠治成蹊大教授)には約1000人が所属し、憲法や国際法、教育などさまざまな分野の研究者が知恵を出し、平和のために活動する人に役立つ知識や情報を提供しています。分科会や地区ごとに研究を続け、年1回、機関誌を発行しています。(中2・岩田皆子)


岡本名誉教授へのインタビューの様子です

 
 
 
   日本 
 

 ■ 「平和学部」存在せず 講義・講座拡充進む


日本の大学を調べました。文部科学省によると国内には「平和」と名の付く学部はないそうですが、新たな試みが進んでいました。

国際基督教大(東京都)は新年度から学科をなくし、31の専攻(メジャー)にします。「平和と紛争解決の心理学」などを日本語と英語で学ぶほか、沖縄訪問など体験学習を強化します。

「平和を希求する精神」を理念の一つに掲げる広島大(東広島市)は、学部ごとにしている教養教育のうち平和に関する授業は全学部共通に再編する準備を進めています。

広島市立大(安佐南区)は2003年から海外と日本の学生が核問題や紛争解決を学び、討論する短期集中講義「ヒロシマと平和」を年1回開いています。学んだことを母国で広めてもらうことが目的です。

軍縮平和研究所がある明治大(東京都)では昨年4月から、全学部の1、2年生を対象に「平和構築の社会科学」という授業を開き、紛争地域の復興などについて学外の講師や研究所のスタッフが講義しています。

また広島、長崎両市は被爆の実態を伝える「広島・長崎講座」の開催を呼び掛けていて、国内18、海外2カ国12大学が取り入れています。(中3・土田昂太郎)

 
 
 
   海外 
 
英ブラッドフォード大・米ジョージメイソン大
実践重視 学外と連携
 


ジョージメイソン大の紛争分析解決研究所で平和構築の授業を受ける学生たち

海外には、平和や紛争解決を学べる大学が多くあります。欧米3カ国6大学にアンケートを送り、英ブラッドフォード大(ウェストヨークシャー州)と、米ジョージメイソン大の紛争分析解決研究所(バージニア州)から回答がありました。

ブラッドフォード大は学部、大学院ともに平和研究のコースがあり、スリランカやシエラレオネ、北アイルランドの紛争地帯を訪れたり、地元の移民が多くすむ地区で住民にインタビューしたりするプログラムがあります。

ピーター・バンデン・ダンゲン名誉教授は、平和学部ができた当初から核軍縮などを研究してきました。「核兵器の本質や、ヒロシマ・ナガサキの悲劇、核軍縮の必要性などについて、社会の関心をどう高めるか考えてきた」そうです。

大学の近くには、平和博物館や英国の反核団体核軍縮キャンペーン(CND)事務所があり平和学を学ぶ環境として恵まれている、といいます。

ジョージメイソン大の紛争分析解決研究所は、実地研修の機会を設けています。ユニークなのは国際機関や非政府組織(NGO)など学外組織との連携です。欧州安保協力機構(OSCE)の指導のもと、民族紛争のあったボスニア・ヘルツェゴビナで心の傷について研究するチームもいました。

国防省や司法省、地域のNGOで働くインターンシップもあります。期間は3カ月から1年などさまざまです。研究所の学生の約3割が留学生です。(高3・本川裕太郎)

 
ジョージメイソン大OB 上杉勇司広島大大学院准教授
机で得られぬ緊張感 紛争後地域で役立つ
 

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海外の大学で学んだことや役立っていることを話す上杉准教授(左)

米ジョージメイソン大の紛争分析解決研究所で修士課程を修了した広島大大学院国際協力研究科の上杉勇司准教授=紛争解決学=に、学んだことや今役立っていることについて聞きました。

東京の大学在学中の1991年、湾岸戦争の空爆映像などを目にして衝撃を受けたのがきっかけで紛争解決学に関心を持ちました。しかし実務者を養成するコースは日本になかったため、留学を決め、94年から約2年在学しました。

授業は実践に重点が置かれていました。民族間の争いの解決策を考える授業では、地元の高校生と一緒に校内で起きている対立の問題点を探り、解決策を導く作業をしました。紛争解決の理論を理解してもらい、みんなが参加できるスポーツ大会など具体的な活動が生まれた半面、思わぬことで人種のプライドを傷つけてしまったこともあったそうです。「教科書を読むだけでは得られない緊張感のある授業だった」と言います。

こうした経験は、紛争後の東ティモールやカンボジアで地域を立て直す仕事をした際に、意見を調整するのに役立ったそうです。研究でもなるべく現場に足を運ぶほか、紛争に苦しむ人の立場に立って、解決策を考える授業を目指す姿勢につながっています。昨年は国内外の約30人が広島で学んだ「平和構築の寺子屋」事業の研修をコーディネートしました。

また上杉准教授は、98年から5年間は、英国のケント大大学院でも学びました。こちらは研究者養成コースで、理論を中心に勉強したそうです。英国では第二次世界大戦の経験から、大虐殺などを許さないための必要な戦争もあるという考えを聞き、日本との違いに驚いたそうです。(高3・新山京子)


上杉准教授へのインタビューの様子です

 

ジョージメイソン大・紛争解決研究所博士課程
 尾形哲史さん

■問題解決策研究に魅力■
尾形哲史さん

米ジョージメイソン大の紛争分析解決研究所で博士課程に在学している尾形哲史さん=東京都出身=がメッセージを寄せてくれました。

東京の高校を卒業後に渡米しました。語学学校や大学を経て2005年9月に入学。分析にとどまらず政治学、国際関係学、経済学など幅広い知識を動員して、問題解決策を研究することに魅力を感じているそうです。

授業は討論が中心で、世界中から集まった学生の中には反政府軍やゲリラ出身の人もいます。事前に専門書を読み、論文を提出した上で参加します。2時間40分の授業は、われ先にと意見を発表し合い、まるで戦いのようです。世界中の人と主張を交わすことで世界が広がるそうです。

渡米した時は英語がほとんど分からず、友人とコミュニケーションがとれなかったそうです。でもその中を必死に耐えました。海外への留学を目指す人に、言葉などで苦労するかもしれないけれど、頑張ること、夢を持ち続けることが大事と励ましの言葉をもらいました。(高3・本川裕太郎)


ブラッドフォード大大学院(平和学)修了
 野上由美子さん

■「平和は大切」からその先へ■
野上由美子さん

英ブラッドフォード大大学院で2003年から2年間、平和学を学んだ野上由美子さん=広島市安佐北区出身、横浜市=は修了後にインドネシアで地震の復興支援などをし、昨年九月からは発展途上国の産業技術者を育成する東京の財団法人に勤めています。

被爆二世で高校時代から原爆や平和に関心があり、米中枢同時テロがあった翌年の02年、米国で原爆の実相を伝える活動に参加しました。そのとき「攻撃を受けても仕返しをしないのか」などと聞かれ、平和をもっと考えようと留学を決めたそうです。

大学院では「母は撃たれて亡くなり、自分だけ逃げた」という紛争被害者や、争っている国同士の出身者もいました。「『平和は大切』で終わらず『この場合はどうするか』とつきつめて考えさせられた」そうです。

原爆については授業で「原爆投下は正しかったか」というテーマの討論もしました。実態を知らない学生も多かったそうですが「絶対に忘れてはいけない」という人もいて「これまで以上に伝えなければ」と感じているそうです。(中1・高木萌子)

 
  学部新設や若い人向け講座を

取材を通し、残念に思ったのは、唯一の被爆国である日本に平和学部がないことです。そこで私たちは、学部の新設を提案します。

ある人は「家族を守るためには戦争をするのも仕方がない」と考え、ある人は「貧困や暴力があるのならば平和ではない」と言います。原点ヒロシマに、平和学部ができたとしたら、そこで学生は世界のいろいろな考え方に触れて議論を重ね、本当の「平和」とは何なのかを考えます。

また次世代への継承の観点から、被爆の実態を伝えていく若い人を養成する講座を作ってはどうでしょうか。若い世代同士だからこそ伝わるものもあると思います。

海外の大学の学生は、実際に国際機関や非政府組織(NGO)などで働き、論文を書いています。広島の団体でもそうした学生の受け入れを進め、平和への願いをそれぞれの国に伝えてもらってはどうでしょうか。(中3・小林大志)