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クラスター爆弾禁止条約〜市民の力
動きだせば 何かが変わる

ラオスで使用されたクラスター爆弾の親爆弾
(日本地雷処理を支援する会提供)

平和を求める市民の力が、国を動かすことがあります。暴力や非人道的な行為への怒りや悲しみを自分のことのように共感することがその原動力になります。2008年12月に各国が署名したクラスター爆弾禁止条約もその一例です。

今回はそこに「市民」がどうかかわっていったのかを各国の非政府組織(NGO)に取材しました。

被害に遭った国を回り、現状を伝える。保有国の言い分をチェックする。世論を盛り上げ、各国の政府を動かす―など、いろんな分野での活動が実を結んだようです。少しの寄付、一人の署名の積み重ねが大きな力になると学びました。私たち一人一人は決して無力ではないことも学びました。

取材を通し、被爆地の悲願である核兵器を世界からなくすことにも、このような方法が有効だと感じています。今回の特集がその参考になればと願っています。

クラスター爆弾 一つの親爆弾から多くの子爆弾をまき散らし広範囲を攻撃する。そのうち5―40%が不発弾になると言われ、終戦後も被害が出る。157カ国を調べたクラスター爆弾連合(CMC)のデータによると、2008年までに少なくとも31の国・地域で使用された。使ったのは米国や英国、ロシアなど14カ国。製造しているのは34カ国で、保有は78カ国。日本は製造も保有もしている。禁止条約には同年12月、94カ国が賛成の意思を表すために署名し、その後チュニジアが加わった。発効要件は30カ国の批准(条約に従うことを国として決めること)だが、これまで4カ国しか批准していない。日本は米国に配慮し、同年5月の条文採択直前まで態度を保留していたが、会議最終日に「政治的判断」で同意。12月に署名した。

情報分析

■広島修道大・佐渡紀子准教授に聞く −90年代に活動始まる−

市民の力を説明する佐渡准教授(右)
(撮影・中3松田竜大)

クラスター爆弾禁止条約には現在、95カ国が署名しています。その背景にどのような市民活動があったのかを調べてみました。

広島修道大の佐渡紀子准教授(36)=国際安全保障=によると、1990年代、内戦後の旧ユーゴスラビアなどで、クラスター爆弾の不発弾で亡くなったり、手足を失ったりする人が相次いだことから禁止運動が起きました。支援活動をしていた非政府組織(NGO)が怒りの声を上げたのです。まずノルウェーやオーストリアなどの政府を動かして条約の文案を作り2008年5月にアイスランドのダブリンで開かれた国際会議で採択されました。

佐渡先生は、NGOをはじめとする市民が果たした役割は「情報収集」「国への働き掛け」「資金提供」の3つが大きいと言います。

「情報収集」は、現地で活動している支援団体が写真などを使って被害の深刻さを伝えました。このような非人道的な兵器は使ってはいけないというメッセージになります。また不発弾や被害者の数などの実態を明らかにしました。被害者の多くが貧しい人だということを調べ、条約に被害者支援の項目を入れるようにしました。

「国への働き掛け」はまず、被害者の講演会や写真展、署名活動などを通じて一般の人たちの関心を高めました。関心が高まると政治家も放っておけなくなるからです。「資金提供」は、同じ目的に向かって活動するNGOの支援に募金を充てました。

佐渡先生は、核兵器を対象とした禁止条約を成立させるためには、今回のノルウェーのようにリーダーになる国をまずつくり、その上でできるだけ多くのNGOが協力することが大事だと話していました。(中3・高田翔太郎)

■実態調査:ヒューマン・ライツ・ウオッチ −寄付で運営 独立性保つ−

グルジアでクラスター爆弾の不発弾除去作業員(右)に話を聞くHRWの調査員(HRW提供)

NGOのヒューマン・ライツ・ウオッチ(本部米国、HRW)は、アフガニスタンやイラクなど、紛争中や直後の国々で被害の実態を調査しています。調査報告書はホームページで公開されています。

これまでにレバノンやコソボなど計6カ国で調査し、クラスター爆弾が戦闘で使われた実態を明らかにしてきました。被害者や軍の高官、不発弾処理の作業員に話を聞きます。2008年夏には、ロシアとグルジアの紛争で、双方が使用したことを世界に訴えました。

速報は英語圏でない人も読めるよう一部がスペイン語やアラビア語などにも翻訳されています。日本語はまだわずかです。

またHRWは独立性を保つために市民や基金からの寄付で運営し、政府などからの公金には一切頼っていません。(高1・古川聖良)

■分析:クラスター爆弾連合 −禁止条約「骨抜き」防ぐ−

80以上の国の約300団体が参加するクラスター爆弾連合(CMC)は、それぞれの団体の専門分野を基に各国の主張を分析しました。条約の効果を弱めようとする意見を退けるなどの成果を生みました。

参加団体には、現地で不発弾の除去や被害者支援をするNGOのほか、法律家や科学者がメンバーの団体もあります。

2008年12月の条約署名式を前に、同年2月、ニュージーランドのウェリントンで開かれた会議が条約案についてまとめる最後の機会でした。103カ国の政府代表や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などが参加。03年の創設以来、クラスター爆弾禁止を世界で訴え続けているCMCも招かれました。

この会議で、クラスター爆弾の定義について、日本やフランス、ドイツなどは「(不発弾になる確率が1%未満になるなど)信頼性の高い種類は例外にしてほしい」と提案しました。しかしCMCは、現地で得たデータを基に、例えば製造者が2%しか不発弾にならないと主張しても、実際は10%が不発弾になっていることから「業者の数字は当てにならない」と指摘しました。

結局、定義に確率は盛り込まれず「子爆弾の数が10個以上」と数を基準にしました。これに当てはまれば、製造も保有も使用もできません。

また不発弾を撤去するため、これまでに使った爆弾の種類や量の実績を提出することを義務づける条文については、イタリアや英国などが「国際条約などは普通、過去の行為にさかのぼって適用されない」などと削除を求めました。しかし「国連人権委員会や欧州人権裁判所などは、現在も被害が続いている場合、法律が成立する以前の被害についても加害国の責任を認めている」と例を挙げて反論しました。

結局、使用した爆弾の種類や量、攻撃した場所などの情報を被害国に開示することを「強く奨励する」となりました。(高2・串岡理紗)


被害の実態 −死傷者98%が民間人

不発弾で右目に大けがを負ったマニさん(中央)。手術のおかげで学校に通えるようになった
(「地雷と兵器の犠牲者」提供)

NGOハンディキャップ・インターナショナル(本部ベルギー)によると、主な被害国アフガニスタンやカンボジアなど25カ国では2007年5月現在、死傷者1万3306人が確認されています。98%は民間人です。子どもが4分の1を占めます。

推定では少なくとも5万6000人の死傷者がいるといわれ、ラオス、イラク、ベトナムなどで目立ちます。現在も、4億人がクラスター爆弾の不発弾の残った地域で暮らしています。

7歳で右目の角膜を失った、東ヨーロッパのアルバニアの高校生アルジャーナ・マニさん(16)に、同国のNGO「地雷と兵器の犠牲者」を通じてメール取材しました。

レバノンで見つかった子爆弾の不発弾(HRW提供)

1999年8月、マニさんは、コソボ国境にある親せきの家の庭で遊んでいて黄色いクラスター爆弾の不発弾を見つけました。それは、ベルのような形をして、きれいな色だったそうです。鳴らそうと思い、先端にあった引き金を引くと爆発しました。マニさんは気絶し、気が付いた時は病院でした。痛みがひどく、目を開けることができませんでした。

コソボでは、セルビアからの独立などをめぐって96年から紛争が続いており、北大西洋条約機構(NATO)やセルビア軍がクラスター爆弾を使っていました。隣接するアルバニアにも投下されていたのです。

彼女は角膜を移植、修復する手術を受け、失明はせずに済みました。しかし、右目の視力は完全には戻らないそうです。(中1・小坂しおり、小6・坂本真子)


国への働き掛け −請願書や大使説得実る

アフガニスタン地雷生存者協会 

ダブリン会議の会場周辺でクラスター爆弾禁止を訴えるハビブさん(前列右)たち(2008年5月、オックスファムニュージーランド提供©Mary Wareham)

NGOのアフガニスタン地雷生存者協会(アフガニスタン、ALSO)は、それまでクラスター爆弾禁止条約への署名に後ろ向きだった政府を動かしました。2008年12月の条約署名式の前日まで働き掛け、署名を実現しました。

ALSOのスレイマン・アミニ事務局長(26)によると、クラスター爆弾による国内の死傷者は約4000人に上ります。しかし政府は、事実上の交戦状態にあるとして、条約には署名しないつもりでした。条約に参加しない米国の影響もあったといわれるそうです。

そこで署名式の1カ月前には、首都カブールで政府が条約に賛同するよう求めるイベントを開きました。被害者の写真や映像を見せて実態を伝えるなどした結果、1000人以上が請願書にサインしました。さらに署名式前日には、会場のノルウェー・オスロに、両足を失った被害者ソラジ・フラム・ハビブさん(18)と一緒に行き、アフガニスタンの駐ノルウェー大使に会って説得しました。

その結果、大使は署名式当日、直接カルザイ大統領に電話してくれました。そして午後、大使は署名すると発表したのです。式典のスピーチでは「国内のたくさんの被害者が決意させた」と話しました。

署名の様子を会場で見たハビブさんは、涙が出てきたそうです。「まだやるべきことはあるけど、政府が方針を変えたことは私だけでなく国内の被害者みんなにとって良かった」と喜びます。(中3・松田竜大)


資金提供 −各団体に7300万円寄付

ダイアナ記念基金

ダイアナ記念基金(英国)は、クラスター爆弾禁止運動に取り組むNGOを支えました。

基金は、元英国皇太子妃のダイアナ妃が亡くなった翌月の1997年9月に設立されました。これまでに世界中の個人から2000万ポンド(約27億円)が寄せられ、商業活動で8000万ポンド(約107億円)の収益があります。生前、地雷被害者の支援活動に熱心だったダイアナ妃の遺志を受け継ぎ、クラスター爆弾や地雷を無くすための活動支援に力を入れています。

基金はこれまで、オスロ・プロセスを支えるNGOの活動に54万638ポンド(約7300万円)を寄付しました。世界各地で活動する団体のほか、国内だけで活動するような比較的小さな団体もあります。

小さい団体へは250―3000ポンド(3万―40万円)と少額の支援が多いです。基金広報担当のエフィー・ブライザさんは「市民が手紙を書いたり、宣伝活動をしたりすることも、政府を動かすのにとても有効な方法」と話しています。(高1・小林大志)

オスロ・プロセス クラスター爆弾禁止条約策定へ向けた一連の会議。ノルウェーなど有志国が主導した。2007年2月のオスロ会議で、08年内に条約を制定すると定めた「オスロ宣言」に基づく。リマ(ペルー)、ウィーン(オーストリア)、ウェリントン(ニュージーランド)で条文を協議し、08年5月のダブリン会議で条約を採択した。