「孫育てのとき」

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第1部 祖父母力

3.自分も大事 −手助け できる範囲で

人生80年。安穏と子守りはできない


自立した関係 互いを尊重

 おしゃれなキッチンで、小学生がボウルで生地を真剣にこねている。黒いワンピースにきりりとエプロンを締めた女性が脇で、チャーミングにほほ笑んだ。「ね、ドーナツの生地を作るのって、思ったより大変でしょ。これからは感謝して食べようね」

 広島市中区八丁堀の繁華街で三年前から、料理教室「ステュディオ グリオット」を開く山本京子さん(51)=佐伯区。大人に本格的なフランス料理を教えるほか、「食文化やマナーを教えたい」と、子ども向けのクラスも設けている。

 若々しい姿からは想像できないが、二年前、長女(28)夫婦に男の子が生まれた。初孫。「孫が来ると、果物や手作りのお菓子を与えます。自然な味を覚えてほしいから」。一瞬、おばあちゃんらしい表情がのぞいた。

    ◇

 長女は、ナースを志す学生でもある。「看護学校に通いたい」。孫が生まれて間もなく、相談を持ちかけられた山本さん。「すぐに賛成しました。一昔前の親なら『子どもが小さいうちは家に居なさい』と言うかもしれないけど。私には、娘の気持ちが痛いほど分かったから」

 山本さんは元は専業主婦だった。子どもらが小学校に上がり、自由な時間ができたある日。ふと熱意がこみ上げてきた。「大好きな、食べること、作ることを生かして何かしたい」。三十三歳の時、公民館で小さな料理教室を始めた。

 それから十数年。「グリオット」でのレッスン、短大の非常勤講師、雑誌の連載、テレビ出演…。多忙な日々に、孫育てが加わった。「急病で保育所に預けられない」「(看護学校の)試験勉強が忙しい」と、長女からSOSの電話がしばしばかかってくる。

 「今日はレッスンがあるから無理」と時には断る。「娘の生き方は応援するけれど、自分の仕事も大事。手助けはできる範囲で」。自立した親子関係―が、山本さん流の孫育てのモットーだ。

    ◇

 中高年女性の就業率が上昇している。総務省の二〇〇四年「労働力調査」によると、五十―五十四歳の女性の雇用者比率(常勤、パートなどで働いている人の割合)は55%で、十年前より7%増えた。社会保障に不安がくすぶる中で迎えた

、人生八十年の時代。安穏と孫の守りができるご時世では、もはやない。

 仕事や趣味に忙しいおばあちゃんに代わって、おじいちゃんが孫育てにハッスル―という風景も表れだした。佐伯区のパート女性(55)は子育てと義父母の世話が一区切りした今、ますます慌ただしい日々を送る。

 週に四日、銀行でパート勤務。ほかの日は、朗読ボランティアとして老人ホームなど三カ所を回り、手話サークルや余暇プランナー協会にも参加。プロからボウリングを習い、ゴルフの打ちっ放しにも通う。

    ◇

 三年前、初孫ができた。長女(29)夫婦は共働きで、どっちも夜勤がある。子守の手伝いに仕事や趣味を整理しようと、いったん決意したが…。「ようやくつかんだ自分の人生。どれも、捨て切れなかった」

 意外な救世主が現れた。夫(57)だ。

 勤務先では管理職だから、ある程度の融通が利く。夜八時半までパート勤務の妻に代わり、保育所へのお迎えは夫の役目になった。

 ある晩パートから帰宅すると、夫が駆け寄ってきた。「おい、歩いたぞ」。おぼつかない足どりの孫を見つめ、涙をぬぐう夫に心底驚いた。「わが子の時は、毎晩飲み歩いて帰ってこなかった人なのに…」。心の片隅にあったわだかまりが、すーっと解けた。

 長年連れ添い、すきま風も吹きがちな団塊世代の夫婦にとって、「孫はかすがい」かもしれない。(西村文)

2006.1.5