「孫育てのとき」

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第5部 地域の力

1.動きだした行政 −祖父母支援もテーマ

たまるストレス 父母と同じ


交流や息抜きの場設定

 大正琴が響く庄原市実留町の殿河内集会所。月に一度、地区の高齢者が交流する「殿河内ふれあいの会」に七十歳以上の二十数人が参加し、懐かしの歌を楽しんでいた。ただ、今回は異色のメンバーも加わる。幼い子ども連れの母親、そして孫を連れた女性たちだ。

 孫の結奈ちゃん(2)をひざに乗せた谷口澄子さん(63)は打ち明ける。「若いお母さんが集まる場所があるとは知っとったけど年取った私が行くんは恥ずかしい。ここなら遠慮がないし、孫を連れて来てもいいんかなあってね」

 高齢者が集う場で子育て、孫育て家庭が交流する会を同時に開く―。それが庄原市児童福祉課が企画した「出前ひだまり広場」だ。担当の玉井秀子専門員は「世代間交流を促すだけでなく、おばあちゃんたちが孫と一緒に出掛けやすい場づくりでもある」と説明する。孫育てに目を向けた行政の取り組みは中国地方でもまだ珍しい。

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 広島県北部の中山間地域に位置する庄原市。高齢化率は県内四位の35・9%(今年三月末現在)。農業も盛んで、三世代同居の世帯は都市部より多い。孫の世話は自然と祖父母の肩にかかってくる。「おじいちゃん、おばあちゃんの孫育て支援も大きなテーマ」と市はとらえる。

 庄原市で農業を営む兼森八重子さん(71)は一緒に住んでいる諒ちゃん(1)を週に一回程度、JR庄原駅舎内に市が常設する交流の場「庄原ひだまり広場」に連れて行く。少子化で家の近所に幼い子どもがいないため広場に集まる子どもたちと遊ばせてやりたいからだ。

 ただ、広場にはもう一つの良さがある。兼森さんが諒ちゃんと過ごすのは、平日の午前八時から午後八時ごろまで。長時間にわたる。「農業だけでやっていく時代じゃないし、両親が共働きなら孫の世話は当たり前。でも、ひとときも目が離せん。一人じゃ手に余ります」。広場には危険なものがなく、よその母親たちの目もある。「ちょっとひと息つける」。そして付け加えた。「もっとおばあさんが来て同じ立場で話ができればいいねえ」

 核家族で子育て中の父母に息抜きの場が必要なように、孫の世話を長時間する祖父母にだってストレス発散の場がいる、というわけだ。

 孫二人がいる主婦(56)は笑いながら教えてくれた。「孫のいるおばあさんが三人も集まってみんさい。話は尽きんよ。例えば孫を預かったって嫁や娘はお礼も言わんとか、ごはんやおやつの代金がかさむとか。そりゃあ悪口になるけど、話せばすっきり、よ」

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 そんな祖父母世代と親世代のいさかいは永遠のテーマ。それを少しでも和らげようと庄原市は二年前から、祖父母、曾祖父母向けの「孫育て、ひ孫育て座談講座」を開き始めた。

 毎年連続三回の講座には、定員いっぱいの二十人が参加した。寺の住職の「孫との出会い」をテーマにした講演を聞いたり、「抱き癖を心配せず、子どもはしっかり抱きしめて」などと最近の子育て常識を学んだり。祖父母と父母の認識を近づけようとの試みだ。

 「孫育ての機会が増えているとはいえ、子どもを育てる上で主役はあくまで父母。子育てを縁の下から支えるサポーターになって、とのメッセージを伝え、より楽しい孫育てにつなげてもらえたら」と市子育て支援係の高橋美栄子係長。今年も九月に講座を開く。(平井敦子)


 企画報道「孫育て」は四部にわたり、核家族時代の祖父母の姿を追ってきた。「正解はない」と言われる子育てと同じように試行錯誤の続く孫育て。孤立しがちな家庭を地域社会がどう支えればいいのか、五部では手掛かりになりそうな動きを紹介し、連載を締めくくりたい。

2006.8.9