中国新聞


焦らず 過保護くらいで


ロングセラー「子どもへのまなざし」著者 川崎医療福祉大 佐々木正美教授に聞く

 子育て中の親たちに口コミでひそかに広がった、育児書のロングセラーがある。「子どもへのまなざし」(福音館書店)。一九九八年以来、続刊も含めた発行部数は約四十万冊に上る。著者は、川崎医療福祉大(倉敷市)の教授で児童精神科医の佐々木正美さん(70)。保育士や教員など専門職向けの本が、なぜ今、育児不安を抱える親たちに受けたのか。講演で呉市を訪れた佐々木さんに聞いた。(西村文)

 ■乳幼児期に信頼の心 厳しいしつけは逆効果

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「子どもは人と触れ合いながら育つのが大事なのです」と語る佐々木さん

 「子育てのイライラが消えました」「子どもに優しくなれる気がします」「肩の力が抜けて、ほっとしました」…。約千人の聴衆が集まった講演会。終了後、母親たちの口から、満足げな声が漏れた。

 今、子育てに奮闘中の母親は、自分自身も競争社会で育ってきた人たちです。だから、子どもの成長をじっと「待つ」のが難しい。しつけや教育を焦り、期待通りにいかないわが子にイライラしてしまう。「ありのままの子どもを親が受け入れると、子どもはしっかり成長していくんですよ」と声を掛けると、お母さんたちの表情が明るくなりますね。

 「子どもの要求は、何でも満たしてやるように」。そんなアドバイスを、佐々木さんは著書や講演で繰り返す。「子どもを甘やかしたら駄目。しつけにならない」と非難されがちな若い親たちにとって、救いに思えるようだ。

 赤ちゃんは自分の望むことを望んだようにしてもらうことで、周りの人を信頼できるようになります。自分の喜び、悲しみを受け止めてもらう経験の積み重ねで、相手の感情に共感できるようになるのです。人格の基礎をつくる一番大事な乳幼児期に、厳しくしつけるのは逆効果。親の前でおとなしい子どもは、自分で考えて行動する力が育っていないので、幼稚園や学校の集団生活で問題を起こしがちです。

 「人を信頼し、共感する」という基礎が乳幼児期にできていないと、成長してから挽(ばん)回(かい)するのは非常に困難です。不登校や引きこもりの青少年の面接をしていますが、彼らは生き生きと人と交わる力が不足しているようです。

 精神科医として、これまで一万組以上の親子と向き合ってきた。家庭では、三十三歳を筆頭に男児三人を育て上げた父親でもある。

 息子三人は、同居していた私の父母のでき愛を受けて育ちました。成人してからも、祖父母の頼みだけは一度も断りません。

 子育ては、過保護くらいがちょうどいいのです。子ども三人が朝食にそれぞれ「目玉焼きがいい」「私はスクランブルエッグ」「ゆで卵にして」と言えば、面倒でもその通りに作ってやってください。ただし、過保護と過干渉は違います。子どもが望んでもいないのにやらせる過干渉は、自立心や自主性を駄目にします。

 親は子どもが運転する車を、後ろからそっと押してやるような関係がちょうどいい。回り道をしてハラハラするかもしれませんが、いつかは必ず正しい道を進みだします。子どもの力を信じて。ハンドルを奪い、無理やり進路を変えようとする親もいます。自分の心に問いかけてみてください―。「子どものため」と言いながら、実は「自分を喜ばせるような子どもになってほしい」と思っていませんか。


ささき・まさみ 1935年、群馬県生まれ。高卒後、信用金庫などに勤め、新潟大医学部に編入学して卒業。カナダのブリティッシュ・コロンビア大に留学。横浜市小児療育相談センター所長、東京大医学部講師を経て、97年から現職

(2005.11.10)


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