中国新聞


気楽に育児 60点でいい
広島こども家庭センター 安常精神科医に聞く


 ■不安高まれば虐待も

 児童虐待などの対応に当たる「広島こども家庭センター」を広島県が設置して一年二カ月。県立施設では中四国地方で初めて精神科医師として安常香さん(42)が常駐している。安常さんの目に映るのは、まじめな母親たちの深刻な育児不安。児童虐待につながるケースも少なくない。母親たちにはこう呼び掛けている。「六十点の育児でいい。もっと、ぼんやりしませんか」(平井敦子)

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「子どもは悪ふざけするもので、接していれば腹も立つ。そんなとき自分を責めないで」と話す安常さん

 ―センターに常駐して、どんなことが気になりますか。

 私が受ける相談で多いのは育児不安です。母親たちは追い詰められていて、傷付き、苦しんでいる。深刻なケースも多く、大変な世の中になっていると感じています。

 ―どんな不安が寄せられますか。

 「私の子育ては、これでいいんでしょうか」とよく聞かれます。例えば、泣きやませることができないとか、三歳ぐらいでじっと座っていることができないとか。その年代ではできなくてもいいのに完ぺきにしつけようとするケースが多い。「この時期にはこれができなければならない」という「マニュアル」を自分の中で作っているようです。まじめなお母さんが目立ちます。

▽高い社会の要求

グラフ「過去10年の広島県内の児童虐待の相談件数」

 ―そんな育児不安が虐待につながることもあるのですか。

 子どもが思うようにならないことから、まず母親が自分自身を責める方に向かいます。一つ一つの出来事はささいでも、育児は三百六十五日休みなし。次第に「この子は手に負えない」となり、子どものせいにしたい気持ちになる場合があります。

 注目すべきは、そんなに特別なことがあって虐待が始まるわけではないこと。誰でも、何かをきっかけに、いくつかの要因が重なって不安が高まっていく。そして、たたく、なぐる、けるだけでなく、小さな子どもに三十分間じっと立つ練習をさせたり、罰として食事を抜いたり。こうした虐待が少しずつエスカレートし、命にかかわるような問題に発展することもあります。

 ―母親を取り巻く環境にも原因がありますか。

 核家族で一人で頑張っている人が多い。夫婦の問題もあります。家事、育児をすべて任され、夫に対し「分かってくれない」と感じている母親が多い。誰にも相談できず、悪循環に陥ります。

 また、社会が親に求めるハードルも高くなっているのでしょうか。三歳から英会話をしようとか、小学校までに平仮名を覚えようとか。公園に行って子ども同士を遊ばせて、ほかの子をたたいたり、かみついたりすると、「お宅のお子さんは」と言われる。そうすると、もう公園に行かず孤立してしまう。

▽「自分を褒めて」

 ―そんな母親たちに、どんなアドバイスをしていますか。

 みなさん、自分を褒めないし子どもも褒めない。周りにいる人にも褒めてもらえない。まず「自分を褒めてあげたらどうですか」と話します。例えば、自分のためのとっておきのお茶を入れてみるのもいい。「頑張ります」という母親には「ぼちぼちね」と答えます。百点、百二十点の育児はやめて、手抜きして暮らすぐらいでちょうどいいんです。今の時代、何にせきたてられているのか、余裕がない人が多い気がします。お母さんたちだけじゃなく。


 やすつね・かおり 広島大医学部卒。1990年から、県内5カ所の病院と県立総合精神保健福祉センターで勤務。昨年5月から広島こども家庭センターに勤務。センターでは、虐待した親や虐待された子どもを面接しアドバイスするほか、育児不安や子どもの非行、不登校に悩む保護者の相談を受けている。障害の判定や市町の職員を対象にした研修もしている。

(2006.9.25)


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