中国新聞


自宅で出産 支えて100例
広島の助産師前原さん 開業7年


 家族のきずな強まる

 広島市南区で七年前に開業した助産師前原英子さん(56)が立ち会った自宅出産が今月、百例を超えた。わが家で家族に見守られながら「温かいお産」がしたい―。そんな思いから、自宅出産を望む人が徐々に増えていることが背景にある。新たな命の誕生を一緒に迎えた家族たちは「きずなが強まった」と喜ぶ一方、医療機関と助産師との連携など、早急に取り組むべき課題も浮かび上がっている。(平井敦子)

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生まれたばかりの夢久ちゃんを囲む藤代さんの家族と助産師の前原さん(中央)

 「おなかが痛くなってきたんですが…」。十月一日午前三時二十分、三人目の子どもを身ごもっていた藤代友美さん(33)は、安佐南区の自宅から前原さんに電話をかけた。

 タクシーで駆け付けた前原さんが着いたのが、その四十分後。サポート役の助産師田中敬子さん(41)=中区=も間もなく到着。予定日から六日が過ぎたこの日、待ちに待ったお産が始まろうとしていた。

 夫の正明さん(40)と、六歳と三歳の息子二人も眠い目をこすりながら起き出してきた。友美さんの母親も付き添う。次第に陣痛が強くなる。友美さんが、夫に抱きかかえられるようにして、ひざを立てて座る姿勢に変えたのが、六時四十分ごろ。息子たちも母親の手を握って励ます。そして七時二十五分、新しい家族が産声を上げた。

 頭が見え始めたときから、友美さんの目に涙があふれだした。前原さんは、赤ちゃんを取り上げるとすぐ、友美さんの胸へ。ちっちゃな息子を抱き締め、うれしさがこみ上げる友美さん。家族たちの顔にも、ほほ笑みが広がった。

 上の二人は個人病院で出産。しかし、「家族のいない分娩(ぶんべん)台で、機械にしがみついて産んだのがつらかった」。出産のため、入院する一週間、息子たちと離れ離れになるのも嫌だった。それで選んだのが自宅出産だ。「精神的に楽だった。父さん(夫)の体をつかんで産む方がいいに決まっている」。満足感は、病院での出産とは比べものにならなかったという。

妊婦の感覚優先

 出産後、正明さんと息子二人は、へその緒を切るのを手伝った。「出産のきつさも、へその緒の中の血液の流れも、肌を通じて伝わってきた。一緒になって産んだ感じですね」。夫のそんな言葉を心からうれしく感じる。

 助産師の前原さんにとって、今回生まれた夢久ちゃんは、自宅出産を介助するようになって百人目の赤ちゃんだった。いつも通り「そばにいるだけ」を心掛けた。産む場所も、格好も、いつ息み始めるかも、妊婦の感覚を最優先する。十五年にわたる病院での分娩介助の経験も踏まえ、「出産のイニシアチブを取るのは妊婦自身であるのが自然」と思うようになったからだ。

 これまでに介助した他の家族たちからは「命の誕生に立ち会えたことは、もうすぐ思春期を迎える息子にとって何よりの性教育になった」=中区の父親(41)、「新しい命を迎え、家族のきずなが強くなった」=佐伯区の母親(32)=との声が上がる。自宅での出産が、命の意味や家族の在り方に向かい合う機会になったケースは多い。

育児も積極的に

 前原さんは「いいお産によって赤ちゃんへの愛着が強まり、育児も楽しくなりやすい。出産を支えた家族は、育児に積極的にかかわる」と言う。自宅出産の手応えは、回を重ねるごとに強くなる一方だ。介助の数が百を超えたのを機に十一月下旬、これまでお産に立ち会った家族たちとの交流会を企画している。「自宅出産を選んでくださった皆さんに感謝の気持ちを伝え、子どもたちの成長を喜び合いたい」


 増えるニーズ 対策急務 −地域医療との連携課題

 国の人口動態調査によると、昨年生まれた子どもの98・8%は、病院か診療所での分娩(ぶんべん)だ。自宅で生まれたのは全体の0・21%(二千百八十四人)にすぎない。それでも、十年前の一九九六年の0・15%(千七百七十人)と比べると、わずかに増えている。残り1%程度は、助産所での出産だ。

グラフ「自宅で産まれた子どもの割合」

 中国五県では、昨年の自宅での出生数は九十人で、全体の0・14%。日本助産師会の各県支部の調べでは、自宅出産の介助を積極的に引き受けている開業助産師は、広島三人▽山口四人▽岡山一人▽島根〇人▽鳥取三人―の計十一人だった。「どうしても自宅で生みたい」という人を、少ない助産師たちで支えているのが実情だ。

 そんな中、助産師たちが自宅出産の最大の課題に挙げるのは、医師や医療機関との連携だ。

 百例の介助体験を持つ広島市の助産師、前原英子さんは「大半の医師にサポートを断られてきた」と打ち明ける。市内のある産婦人科医師は「自分の病院で管理していない妊婦が、危険な状態で搬送され、責任だけを押し付けられても困る」と事情を説明する。

3回の検診要請

 前原さんは、多くの医師を訪ね歩き、現在は、市内では主に三人の産婦人科医師の協力を得ている。妊娠初期、中期、後期の計三回以上、健診をしてもらう。出産の開始・終了時は担当医師と連絡を取り、緊急時に備えている。

 介助した百人のうち、九十九人は自宅で出産。うち一人は、産後の出血が止まらなかったため、病院に搬送し、適切な処置を受けた。残る一人は、微弱陣痛などの理由で途中で病院に移り、無事に出産した。

 連携を引き受けている広島記念病院(中区)の横田康平婦人科医長は、自宅出産のリスクについて、(1)菌などの感染(2)新生児仮死など緊急時の処置の遅れ(3)産後の大量出血の処置の遅れ―を挙げる。「出産は、予測できない異常が生じる場合もある。自宅では、対応が遅れる可能性はある」と指摘。その上で、「医師との連携でリスクはかなり減らせる。自宅出産は精神的なメリットが大きく、生まれた時の喜びが五〜十倍になるケースもある」と強調する。

 しかし、自宅出産を介助する助産師と医療機関の連携は、助産師側の自助努力に任されている。医療法一九条は、助産所での出産は、嘱託医を義務付けているが、自宅での出産は適用外。助産師の国家資格があれば、医療との連携なしでも、自宅出産の介助ができるのが現状だ。

役割分担を明示

 法整備が遅れる中、日本助産師会は二年前、産婦人科や小児科の医師とともに、「助産所業務ガイドライン」を策定した。法の定めを基に、助産師が単独で業務を行う場合は正常分娩に限り、双子など多胎児の分娩などリスクの高いケースは、医療機関に任せる役割分担の基準を明示。助産師会員がガイドラインに沿った業務をした場合に適用される賠償責任保険も備えた。

 また、産科医師の不足が深刻化し、助産師の役割にあらためて注目が集まりつつある。産科医療を大病院に集約しようとする動きが起きる中、地域でのお産を望む声にどうこたえるのか。自宅出産だけではなく、病院内で助産師が分娩を介助する「院内助産所」や、病院内で助産師が自立して健診や保健指導をする「助産師外来」も含め、助産師が担うお産がもっと増えていいはずだ。

 いずれにせよ、助産師と医療との連携は不可欠だ。子どもを産む人や家族のニーズにこたえ、安全な出産を実現するためにも、助産師の活躍の場を広げる視点も加えた、地域の出産の仕組みづくりが急がれている。

(2006.10.23)


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