中国新聞


子ども同士の授業に成果
「学びの共同体」導入進む


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「コの字」形に並ぶ机で意見を交わす祇園東中の生徒たち

 黒板を背に教師が教壇に立って、子どもたちと向き合う―。そんな学校の授業風景が変わろうとしている。教師が課題を投げ掛け、子ども同士で考える「学び合い」のスタイルが、中国地方の小中学校でも広がりをみせる。「学びの共同体」と呼ばれる新たな学校改革の現場をみた。(松本大典)

 ▽中国地方 意欲・学力が向上

 広島市安佐南区の祇園東中。どの教室も、机が「コの字」形に並ぶ。大半は黒板と向き合わず、仲間と顔を見合わせる格好だ。

 一年二組の数学の授業。池田智也教諭(32)が問題を出すと、生徒は机を動かして男女四人組になった。「分からんかったら周りに聞けよ」と池田教諭。教室のあちこちで「会議」が始まった。

 円すいの展開図である扇形の中心角の角度を求める問題=図。一年生でも円周を導く公式=直径×円周率(π)=を覚えていれば解けるはずだった。

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 ▽先生はつなぎ役

 十分ほどで机をコの字に戻し、全員で答え合わせ。ある男子生徒は、図に三角定規を当てて測る「奥の手」を使った。池田教諭は「その手もあるね」とつなぐ。女子生徒が公式を当てはめて「正解」を説明した。

 うつむいている生徒を池田教諭は見過ごさない。「分かったか」と問うと思わぬ声が返ってきた。「なんで“かける”なの」―。落とし穴は分数のかけ算。正解した女子生徒も分かりやすく説明できず、再び四人組の会議が始まった。

 「一人残らず学びを保障する」のが「学びの共同体」の理念。一緒に授業をのぞいた光友芳文校長(50)が理屈をひもといてくれた。

 生徒を成績で上中下に分けると、中レベルを想定した教科書に沿う「一斉授業」では上下の層がなおざりになる。少人数の「学び合い」なら、つまずいている子が「教えて」と言いやすい。教える側も説明するうちに理解が深まる。考えをぶつけ合い、より難しい問題にも挑戦できる。

 生徒同士をつなぐのが教師の最大の役目。「周りに聞いて」は決まり文句という。

 ▽生徒指導が激減

 かつて、祇園東中は荒れていた。「暴走族の拠点校」と言われた時期もある。二〇〇三年に赴任した北川威子・元校長(61)が活路とみたのが「学びの共同体」。提唱した東京大大学院教授の佐藤学氏=福山市出身=の記事を雑誌で読み、直接指導を掛け合った。

 〇五年に全校で導入。生徒指導は激減し、授業で机に伏せる生徒の姿も消えた。昨年の全国学力テストも好成績だったという。

 指導方法を一変させる改革に当初二の足を踏んだ教諭も、授業研究に夢中になった。教員はそれぞれ年一回は授業を公開。改善点を話し合う光景は日ごろの職員室にも広がる。

 「授業で芽生えた仲間とのきずなを学校行事で強めた―」。三月の卒業式。卒業生の答辞に、来賓で出席した北川さんはあらためて成果を感じた。

 「学び合い」の授業スタイルは今、賛同する教諭らが広島市内の約十校で個々に取り組む。三原市などでも実践が進む。

 益田市や宇部市では本年度、市教委が市内の小中学校での導入に乗り出す。子どもの学習意欲や学力の向上に効果あり、とみている。教育委員会主導の「共同体づくり」がどう浸透するかが、問われることになる。


クリック 「学び合い」をキーワードとする学校改革のビジョン。子どもの協同的な学び▽教師の同僚性の構築▽保護者の授業参加―を目指し、教室や公開授業、校内研修などの在り方を提示する。1998年に神奈川県茅ケ崎市の浜之郷小でスタート。中学では2001年に静岡県富士市の岳陽中が導入した。生徒指導や学力面での劇的な成果が注目を集め、現在は全国の公立小中学校の1割に当たる約3000校で実践が広がる。

佐藤学・東京大大学院教授に聞く
学校を内側から変える

 「学びの共同体」を提唱した東京大大学院の佐藤学教授(56)に、共同体が目指す学校改革の方向性などを聞いた。

 ―「学びの共同体」は、どんな経緯で始まったのですか。

 三十年間で千五百校以上を訪れ、教師と協力する中で、学校は内側からしか変わらないと認識した。学校改革は校長と教師だけでなく、子どもと進め、保護者と連帯しない限り成功しない。

 一人一人の「学び」を実現するには、聴き合い学び合う協同的学びを実現するしかなく、学び続ける限り、子どもは決して崩れないと考えている。

 ―全国各地の学校に広がっていますね。

 予想を超える広がりに驚いている。それぞれの学校では学力向上だけでなく、問題行動や不登校の激減につながっている。そのダイナミックな変化も驚きだ。

 ― 一人の活動に限界はありませんか。

 「学びの共同体」づくりの経験を持つ退職校長ら二十人以上が、スーパーバイザーとして各地でリーダーを務めている。共同体を先行実践した拠点校を中心に、近隣の学校とネットワークを築いている。

 ―文科省が進める「授業改革」と対立しませんか。

 授業改革を進めるには、校内研修を改革しなければならない。全教師が同僚に教室を公開するのが前提。そして助言や評価ではなく、教室で起こっている学びの事実を話し合うことが大切だ。文科省や教育委員会には、校内研修の活性化を支援してもらいたい。競争原理で学校は改革できない。

(2008.4.7)


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