中国新聞


教職大学院 論より実習
中国地方唯一の岡山大


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朝の打ち合わせに集中する教員の背後でメモを取る大賀さん(左)

 学校現場の課題が多様化する中、大学の教員養成が変わり始めている。変化を簡潔に表現すれば「論文より実習」。その舞台の一つが、プロフェッショナル養成を掲げ、全国十九大学が四月に一斉導入した「教職大学院」である。中国地方で唯一の岡山大で、その始動ぶりをみた。 (松本大典)

 ▽20−40代まず授業観察 課題を発見

 岡山市内の岡山大キャンパスから五キロほど離れた石井中学校。早朝、ジャージー姿の教諭らが慌ただしく動く職員室に、教職大学院から実習に訪れたスーツ姿の二人の女性がいた。生徒指導の話題が飛び交うクラス担任の輪に寄り添い、しきりにメモを取る。会議が終わると、それぞれ自分の専門教科の授業を巡る。教壇には立たず、教室の後方でひたすらメモを取る。

 「頭でっかちになりたくなかった」。院生の一人、大賀基代さん(22)は教職大学院を選んだ理由を説明。「自分で問題意識を持たないと、ただの邪魔者になってしまう」と自戒しながら実習に臨む。

 七月まで週一回ペースで続く実習のテーマは「課題発見」。学部の教職課程で経験した教育実習と違うのは、教諭からの細かい指示がないこと。「実習」というより、むしろ「観察」である。

 授業や学級経営、生徒指導などを見て、疑問や気付きを大学院に持ち帰り、仲間や指導教員との討論で分析する。模擬授業などを重ねて課題解決策を練り、八月末から五週間の集中実習で試みる―。そんなカリキュラムになっている。

 計二十人の院生は、大賀さんのように学部で教員免許を取得して進学した「新人教員」と、現職教員が半々。五十歳を目前にしたベテランもいる。現職教員は、勤務する学校を実習先と位置付け、自分の学校の課題を大学院に持ち寄る。

 「生きた課題について現場の先生や仲間と語り合う中で、解決のノウハウとコミュニケーション力が身に付く」。教職大学院の運営を担当する橋ケ谷佳正教授(55)は、カリキュラムの狙いを説明する。

 学力低下やいじめ、不登校、発達障害…。教師に求められる対応力はさまざまある。一方、団塊世代の大量退職を受け、教員の採用枠拡大や年齢制限緩和の動きが強まり、指導力不足の教諭を増やすのではないかと懸念する向きもある。

 こうした実情も踏まえ、実践重視の広がりは教職大学院にとどまらない。広島大は従来の大学院教育学研究科で、実習などを盛り込んだ「教職高度化プログラム」を二〇〇九年度から始める予定。文部科学省も、大学や短大の教職課程で模擬授業やロールプレーイングなどの教職実践演習を課す方針を決め、やはり〇九年度からの必修化を目指す。

 そんな実践重視の流れの中で、教職大学院はその狙い通りに「即戦力」「スクールリーダー」を育てられるだろうか。五年ごとに第三者の認証評価はあるものの、教師の資質向上をどう検証するのかは、まだ明確ではない。

 岡山で実習を続ける院生二人は「今はまだ手探り」と空き時間もメモを手放さない。「どれだけ違いを見せられるかが勝負です」。表情を引き締しめた。


クリック 教職大学院の設置基準 法科大学院と同じ専門職大学院に位置づけられる。標準修了年限は2年。修了に必要な単位は45単位以上で、大学院修士課程の1・5倍。うち10単位以上が実習で、小中高の「連携協力校」を確保しなければならない。修士論文は必要なく、修了者には「教職修士(専門職)」の学位を授与する。指導教員は11人以上を専任とし、うち実務家の割合は、法科大学院の2割以上を上回る4割以上と定めてある。

坂越正樹・広島大大学院教育学研究科長に聞く
現場多忙 後輩育成に限界

 広島大大学院教育学研究科の坂越正樹研究科長(54)に、教員養成の変化や今後の在り方などを聞いた。

 ―教職大学院を中心に「実践重視」に傾くのはなぜですか。

 学校現場の課題が多様化すれば、それらに対応できる教員を育てないといけない。現場の先生にゆとりがなくなり、後輩を鍛える機能が薄れている面もある。理論重視でやってきた大学も、実践は現場で覚えないさいと言えなくなってきた。

 ―研究者養成に重きを置いてきた大学側の反省もあるのですか。

 単位を積み上げれば免許が取れる教員養成のシステムの中で、学校現場に送り出す人材として、どんな力をどの程度付けるか、あいまいにされてきた。最近は学部段階から到達目標を明示し、卒業時にきちんと質を保証しようという流れもある。教職課程で必修化される「教育実践演習」も、付けた力を最終的に点検する役割を担う。

 ―学生の雰囲気にも変化を感じますか。

 そしゃく力が落ちている感はある。かつては個々の大学教員が研究の肝を教えれば、学生が自らの教育精神や教育方法に転化して実践に生かした。それが難しくなっているのかもしれない。

 ―時代に合わせ、教員養成はさらに変化しますか。

 実践の下地には、やはり理論がある。理論を追究すれば実践力もつくというのが本来のアカデミックな考え方だ。大学教育で実践をやれば即戦力は育つ。でも十年後の中核教員が育つかは別物。大事なのは個々の大学でどんな力をはぐくむか。教職大学院の創設を提言した二〇〇六年の中央教育審議会答申も、いろんなかたちがあっていいとしている。

(2008.5.26)


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