中国新聞


産科医に無罪判決 福島妊婦死亡訴訟
広島大・河野修興医学部長に聞く


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「適切な医療を保障する制度の構築こそ必要」と話す河野医学部長

 福島県立大野病院事件で、逮捕・起訴された産婦人科医師に無罪判決が言い渡された。故意や明白なミスのない医療行為で刑事責任を問われた同事件に、医療界は大きな衝撃を受けた。医師の裁量とは何か、事件は医療現場にどんな影響を与えたのか―。広島大の河野修興(のぶおき)医学部長(55)に聞いた。

 ―無罪の判決をどう受けとめますか。

 無罪は当然だ。日本の妊産婦死亡率は約五人(出産十万件当たり)と、スウェーデンに並ぶ世界で最も低い水準まで進歩した。だからといって、お産が絶対に安全ではない。現場では予期できない、予想外の事態が起こる。遺族の憤りは理解できるが、予期できない状態で結果が悪かったからといって法律に触れるのでは医師はやっていけない。危険のない医療はない。

 ―裁判は、医師が「はく離」を続けた判断の是非が焦点。医師の裁量をどう考えますか。

 医師はケース・バイ・ケースで医療行為を選択する。患者の容体、医師の要員、ナースの協力態勢と、それぞれの能力差の中、さまざまな対応を迫られている。医療行為は患者の依頼を受けた医師がベストを尽くす「準委任契約」であり、(結果まで保証する)「請負契約」ではない。結果を問うこと自体、ずれている。

 ―事件の医療現場への影響は。

 医師は明るい医療の未来が見えなくなり、どんどん病院を離れている。産科は影響を計り難いほど深刻で、もし有罪判決なら壊滅していただろう。産科だけではない。救急など命をあずかる診療科は新しい医師が入ってこなくなり、危機的状況だ。今後十年は相当悪化するだろう。広島県でも産科は激減。医師の集約化をしてもまかないきれず限界だ。

 ―遺族は真相究明と再発防止を強く求めました。医療への不信感にはどう応えますか。

 現状では状況の許す範囲内で医師が十分に説明を果たすしかないが、本来は検視官制度のような仕組みを設けるべきだろう。例えばオーストラリアでは「コロナー」と呼ばれる検視官制度が進んでいる。現在国内で設置が検討されている第三者組織については、省庁主導ではなく医療者と国民が主体となり、反論や再調査の機会など公正さを担保したものであるべきだ。専門家の意見を尊重する姿勢も大事だ。

 ―医療の行方をどうみていますか。

 今回のような不幸な出来事をどう減らすか。大野病院は産科一人医長という過酷な状況で、そもそも無理があった。医師数と報酬を増やし、労働環境を改善すべきだ。国の医療・社会保障費は今の二・五倍は必要。きちんとした医療制度を構築しなければ、困るのは医療の本来の受益者の国民だ。(上杉智己)


 クリック 大野病院事件 福島県立大野病院で2004年、帝王切開で出産した女性が手術中に死亡。県警が06年、子宮に癒着した胎盤をはがす「はく離」を無理に続け大量出血で死亡させたとして、業務上過失致死などの疑いで執刀医師を逮捕した。関連学会の抗議声明が相次ぎ、第三者の立場で医療死亡事故を究明する国の新組織が検討されるきっかけにもなった。福島地裁は20日、「標準的な措置で過失はなかった」と無罪判決を出した。

(2008.8.27)


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