中国新聞


親の理不尽要求 対応助言
広島市教委の専門家チーム


 保護者との意思疎通がうまく図れず、対応に苦しむ学校が増えている。理不尽な要求を突き付けてくる親も急増し、事態は国が学校側のサポートに動くほどに深刻だ。文部科学省の支援事業を活用している広島市の実例を通して、教育現場の「今」を見た。(田中美千子)

 弁護士らが正当性を判断 事例まとめてフィードバック

 市教委は六月、保護者対応に苦慮する学校に助言する「専門家チーム」を設置した。弁護士や精神科医師、臨床心理士ら十三人。市教委が市立の全幼稚園、小中高校からの相談を受け付け、事案に適した人材を紹介する仕組みだ。

 夏休みが始まるまでの約一カ月間に五件、休み中はさらに二件の相談があった。生徒指導のあり方をめぐって保護者と意見が食い違い、法的な視点から学校側の正当性を確認した事案が目立つ。七件のうち六件を弁護士が担当した。

 必要あれば仲裁

 いずれの事案も学校から事情を聴き、対応策を助言するにとどまった。市教委は「必要があれば保護者の了解を得て、専門家が仲裁に入ることもある」としている。

 必要経費は国がすべて負担。本年度、保護者と学校の連携を支えるために打ち出した事業を活用した。国が動いた背景に、常識を逸した言動を重ねる保護者の急増ぶりがある。

 学校に乗り込んだり深夜に教員宅へ電話したりし、無理難題を繰り返す親たち。教員が精神的に追いつめられる事例が全国的に増え、「モンスターペアレント」の呼び名まで定着した。広島県内でも福山市で六月、小学生のおいの腕をつかんだとして立腹し、担任教諭を殴るなどした女性が逮捕される事件があった。

 「保護者対応に追われ、子どもと触れ合う時間が減った」。広島市教委にも、教員の嘆きが届いていた。専門家チームの設置を歓迎する声も多いという。

 第三の目の役割

 ただ、市教委指導二課は「当然、保護者の言い分に非がなく、学校の指導改善が必要な事案もある」と強調する。「だからこそ『第三の目』によるチェック機能を生かしたい」

 専門家チームの任期は本年度いっぱい。期間中は定期的に会合を設け、最も効率的な対応法の検証も進める。事例集をまとめ、すべての幼稚園や学校に配布する予定だ。

<専門家チームの対応事例(抜粋)>
  【相談内容】 【対応と成果】
ケース1  男子中学生が授業中、学校を抜け出ようとした。教員が生徒の前方に立ちはだかり、制止しようと両手を広げたところ、その腕に生徒の頭が当たった。生徒は「先生が暴力を振るった」と主張。保護者も同調し、指導に行き詰まった  弁護士は、この教員が意図的に腕を当てようとしたのではなく、暴力を働いたことにならないと判断した。説明を受けた学校側は毅然(きぜん)とした対応ができるようになり、生徒や保護者も納得した
ケース2  男子児童の1人が授業中に大声を上げるなどの行為を繰り返し、学級運営が難しくなってきた。保護者に指導法などの相談を持ち掛けたが、請け合ってもらえない。児童の行動をどう理解し、どう接したらいいのか。担任が悩んでいる  精神科医が担任から児童の行動などについて聞き取りをし、かかわり方をアドバイスしている。担任の不安は軽減されつつあり、児童の様子を見ながら、相談を続けている
ケース3  男子中学生2人が校内でけんかをした。1人が唇を切るなどのけがをし、双方の保護者は、治療費などの問題をめぐって話し合いを始めた。学校は仲裁に入ったものの、どのようにかかわっていけばいいのか迷い、市教委に相談した  弁護士が経緯を聞き取り、「教師がけんかを予見できた状況にはなく、学校に過失はない」と判断。協議は基本的に当事者間で続けるべきで、学校は過度の介入を避けるよう助言した
ケース4  小学校の男子児童2人がけんかをし、両人とも軽いけがをした。学校側は「双方に非がある」と判断。児童や保護者同士に和解させようとしたが、片方の親が「暴力を振るわれたら、やり返すのが当然だ」と譲らず、指導に行き詰まった  弁護士は学校に「法律は暴力そのものを否定している。保護者の主張は通らない」と説明した。教師は自信を持って対応に臨めるようになり、保護者の和解にも成功した


精神科医師 明橋大二さんに聞く
気持ちに寄り添う姿勢を

 親の期待に応えたい、いい子だと思われたい―。「頑張りすぎて自分を追い込む子どもが増えている」。子育てハッピーアドバイスシリーズ(1万年堂出版)の著者で精神科医師の明橋大二さんは、そう感じている。「いい子」が抱えるプレッシャーに、親は気付くことができるか。どう向き合えばいいのか。講演で広島市を訪れた明橋さんに聞いた。

 「まさに象徴的なケース」と、明橋さんはある事件を挙げた。七月、埼玉県川口市で起きた女子中学生による父親殺害事件。取り調べで少女は「成績が下がったことを親に知られたくなかった。自分も死のうと思った」と話しているという。

 「嫌われないように生きるのが疲れた」…。供述から透けて見える繊細な心模様。「親の期待を先取りし、自分を駆り立てながら必死で生きてきたのだろう」と明橋さんは推察する。

 診察に通ってくる中高生の中にも、敏感すぎる子どもたちは増えているという。たとえ親が「成績だけがすべてではない」と言ったとしても、「それは口だけで、がっかりするに違いない」と自分を追いつめる。でもいつか、限界が訪れる。要求を満たせなくなる。「子どもたちは、こう思うんです。自分はここにいてはいけない、生きていてもしかたない≠ニ」

 親の言葉のかけ方次第で子どもは救われる、と明橋さん。「あなたの存在そのものが喜びなんだよと、しっかり伝えてほしい。親はそんな当たり前のこと…と思うかもしれない。でも、伝えないと子どもは分からないんです」と強調する。

 子どもが失敗≠オたときこそ、親が気持ちを伝えるチャンスという。例えば、いつもテストで百点の子が八十点を取ってきたら―。「笑って語りかけてほしい。『頑張りすぎて、しんどくないかなと心配してたよ。お母さん、むしろ安心した。ありのままのあなたでいいんだよ』って」

 手のかからない、いい子。背伸びして、人一倍努力をする子。苦しいというサインを出せない子どもを、責めるわけにはいかない。「だから親が気に掛けてあげてほしい。“頑張れ”よりも“頑張ってるんだね”と、気持ちに寄り添ってほしい」(木ノ元陽子)

 あけはし・だいじ 1959年、大阪府生まれ。精神科医師。真生会富山病院心療内科部長。著書「子育てハッピーアドバイス」シリーズ(1万年堂出版)は計250万部を突破した。富山県射水市の特定非営利活動法人(NPO法人)「子どもの権利支援センターぱれっと」理事長。

(2008.9.8)

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