中国新聞社

(3)落とし穴視線そらす夫「まさか…」

2001/5/20

 手術のために二週間のオフをとった私は「いい骨休めだ」と、鼻歌交じりで入院の準備をしていた。「良性」という言葉の魔術に、まんまと引っかかっていたのだ。

 手術当日。家族に笑顔を見せながら病室を出た。手術室でも、先生や看護婦さんと軽口を交わす余裕があった。

 腰椎(つい)に注射する「硬膜外麻酔」というやり方で、下半身は麻酔がかかっているが、上半身はかかっていない。だから、意識ははっきりしている。

 へその下を切る。胃カメラに似た形の腹腔(くう)鏡を使って、先生が奮闘している様子が、手に取るように分かる。「うーん」といいながら、腹腔鏡を腹部に何回も入れたり出したり…。そのうち気分が悪くなり、鎮静剤を打たれて眠ってしまった。

 病室に帰ったとき、意識が少し戻ってきていたが、まだ、ボーッとしていた。手術は一〜二時間で済むといっていたはずなのに、ずいぶん時間がかかってしまったことなどが聞こえてきた。「なぜ、そんなに時間がかかったんだろう」

 夜中、薄目を開けてみると、病室の暗やみの中に夫がいた。パンツとシャツ姿で、看護婦さんと一緒に私の体位変換をしている。自宅は病院のすぐ近くなので、帰ったものとばかり思っていた。

 「なぜ、夫が付き添っているんだろう。それも恥ずかしい下着姿で、若い看護婦さんはびっくりだろうな」。あれやこれや思うものの、体を二人に任せるしかない。

 夜が明けた。窓からは、朝の光が入ってすがすがしいが、安堵(ど)感と同時に、傷の痛みがはしる。「どれどれ」と寝間着を開けて、腹帯の上から手で押さえてみる。「おかしいな。下腹が痛い」

 「手術どうだった?」。夫に聞いた。

 「うーん。卵巣の嚢(のう)胞が大きくてね。へその下からは出ないので、下腹を十センチくらい横に切ったんだよ」。夫は視線をそらせた。そればかりか、眉間(みけん)にしわを寄せている。

 「なんか変よ。なにかあったの?」

 「いや」

 そんな歯切れの悪い会話など、今までしたことはなかった。「まさか…」

 「がん」の二文字が、私の脳裏をかすめた。

Menu ∫ Back ∫ Next