中国新聞社

(25)退院の準備気持ち軽やか、1泊旅行

2001/10/21

 手術を終え、化学療法も残り二クールとなると、退院が見えてくる。「あと、もう少し」と、身体はしんどくなっても、気持ちは楽になる。

 先の見えない不確かな状況ほど、つらいものはない。自分が今後どうなるのかを理解しておけば、不安も軽くなる。

 いろいろ副作用はあるけれど、血液検査の結果をみても、最後の一クールは、通院で十分やれると思った。帰り風が吹き始めると、家がとっても恋しくなる。

 通院の予備訓練として、親代わりをしたこともある、めいの大学の卒業式に行くことにした。彼女も私と同じく社会人を経験した後、看護婦をめざして、また大学に再入学し、四年間学んだ。

 看護の道を選択する前、イギリスで痴ほう老人の世話をしながら、語学学校に通っていた時、「どうしょう。ウンチがいっぱい落ちてる」と、後始末をどうすればいいのか分からなくて、国際電話を掛けてきたことが夢のようだ。「やればできる」が、私たち二人の合言葉だった。

 新幹線、在来線を乗り継いで移動するが、階段の上りがきつい。一泊の予定なので、荷物もある。スイスイと、人をかき分けては進めない。ゆっくりゆっくり、目はエスカレーターやエレベーターを探している。「こんなに体力が落ちてしまったのか」。通院となると、この繰り返しをしなくてはならない。

 やっと目的地に着く。温泉気分に浸れると思って、風情のある和風旅館を予約したのが間違いのもとだった。階段ずくめでうんざり。段差もあり、危険だ。

 日本の家は問題が多いことは、訪問看護をしていて十分理解していたのに、なんということか、自分が今それを体験している。病院ではベッド生活なので、布団から起き上がるのにも「よっこらしょ」で、不便このうえない。足から弱るというのは本当だった。

 翌日、若いたくさんの看護婦の卵たちが巣立っていくのを、目のあたりにした。「この娘たちが、病院で地域で、医療を支えていくのだ」。今の輝きを失わないで、と願ってやまない。

 若いエネルギーをもらって、帰りはいい気分になったが、病院に帰ると疲れが出て、すぐベッドにもぐり込んだ。両足が自分の足ではないようだ。「大丈夫かな…」。一抹の不安がよぎった。

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