2007.06.03
28.  新型核製造計画   国際法無視 市民が批判



 「大学で開催される公聴会だというのに、パネリストが核兵器製造の関係者に偏りすぎているのはおかしい」。約百五十人が参加した会場の後部から、中年男性が異議を唱える。ニューメキシコ州アルバカーキ市の州立ニューメキシコ大学で開かれた「信頼性のある代替核弾頭(RRW)計画」に関する公聴会。抗議の声を無視して始められた会は、冒頭から緊迫した空気が会場を支配した。

 パネリストは六人。うち四人は、今も核兵器研究・製造の中枢を担う同州ロスアラモス市にあるロスアラモス国立研究所と、アルバカーキにあるサンディア国立研究所の科学者である。彼らはエネルギー省などが二〇一二年から約三十年をかけ、既存の核兵器を新しく造り替えようというRRW計画について、その有用性を説いた。

 「新型核弾頭は扱いがより安全で、コストも安くつく」「万が一テロリストの手に渡っても爆発させにくい」「核実験は必要としない」…。ロスアラモス研究所RRW担当責任者のジョセフ・マーツさんは、現在の仕事に「道徳的な意義と勇気を持って当たっている」とまで述べた。

 「倫理・道徳面から核兵器を廃絶することは理想である。われわれはその方向に向かって前進している。RRWはそのための手段。なぜなら、さらなる核兵器の削減に必要な信頼しうる抑止力を与えてくれるからだ」

 ■施設の建設進む

 新型の水爆製造には、起爆装置として新しいプルトニウム・ピット(塊)が必要だという。一九八九年にコロラド州デンバー市近郊にあるロッキーフラッツ核施設が汚染のために閉鎖されて以来、製造は中止されてきた。ロスアラモス研究所で実験的に造られてきたが、年間五十―百個を生産するには新たな施設が不可欠だ。エネルギー省はそのために二つの施設の建設を計画。一つはすでにロスアラモス研究所の既存の施設に隣接して建てられているというが、この問題に触れるパネリストはいなかった。

 約一時間半にわたる科学者らの発言に続いて、参加者から質問や意見が出された。「より信頼の置ける安全な核弾頭を造る必要があるというのは、既存の核弾頭は信頼性も安全性もないということか」「核政策にしてもイラク戦争にしても、アメリカ人は偽善者だとみなされている。世界のエイズ患者の救済・防止などにもっと力を入れるべきだ。新たに核兵器を造るよりも、その方がはるかに信頼できる安全保障が得られる」

 パネリストからは「今の核弾頭は安全で信頼できる。ただ、将来は古くなって状況が変わるということだ」「軍事力以外にも世界に貢献する大切さは分かる。しかし、それだけで安全保障は保てない」などの答えが返ってきた。

 フロアからはさらに厳しい意見が続く。二十年近くロスアラモス研究所の活動を監視し続けてきた市民団体「ロスアラモス研究グループ」代表のグレッグ・メローさん(57)は、マーツさんの「道徳」という言葉を取り上げて批判した。

 「新たな核兵器を造ることがなぜ倫理や道徳にかなうのか。道徳というなら、わが国も署名する国際法を順守することこそ道徳にかなう行為ではないか。例えば、核拡散防止条約(NPT)第六条には、締約国は核兵器廃絶に向けて誠実に取り組むべきことが明記されている。世界の多くの人々は、われわれが法律を破っていることに怒りを向けているのだ」。メローさんの発言に、会場からは一斉に賛同の拍手が起きた。

 活発な質疑は一時間以上に及んだ。しかし、パネリストと発言した市民の主張とは最後まで平行線をたどった。

 第二次世界大戦中の原爆開発「マンハッタン計画」のときから今日に至るまで、人口約百九十万のニューメキシコ州は核開発の地として知られる。そのひざ元で核兵器廃絶に向けて真摯(しんし)に取り組む市民たちがいる。核軍縮を主導することでアメリカ人としてのモラルを示し、世界の人々の信頼を取り戻そうとする彼らの熱い訴えは、核開発に携わる科学者らの胸にも少しは響いたことだろう。

 ■既得権守り拡大

 公聴会を終え、あらためてメローさんと会った。そしてRRW計画がなぜ浮上してきたのか、その背景を尋ねた。

 「ひと言で言えば、核関連施設の既得権を守り、拡大するためだよ。新しい核兵器を造らないと研究所の存在意義が薄れ、予算も十分に獲得できない。それにつらなる企業や政治家、官僚らにとってもうまみがある」

 〇二年一月、ブッシュ政権は核戦略に関する報告書「核態勢の見直し」を議会に提出した。その中の一つに地中貫通型の小型核兵器の開発があった。イランや北朝鮮など、いわゆる「ならずもの国家」の地下司令部やミサイル基地を攻撃しようというものである。だが、この計画は後に議会で否決された。それに代わって出てきたのがRRW計画だ。当初はごく小規模の研究として考えられていたにすぎない。しかし、ここ一、二年の間に核関連施設を統括するエネルギー省の大きな核兵器プログラムに発展したという。

 「イランなどへの核拡散防止のためにも大幅な核軍縮が求められている。その一番大事な岐路にありながら、新たな核兵器を造ろうなどというのはもってのほか。何としても世論の力で阻止しなければならない」とメローさんは力をこめた。だが、世論を喚起するための新聞・テレビなど「主要メディアの関心は低い」と嘆いた。

 私は翌日、ニューメキシコ州の州都サンタフェ市にある市民団体「核の安全に関心を寄せる市民」事務所で、地質学者のロバート・ギルクソンさん(62)に会った。彼は一九八九年から、ロスアラモス研究所の主任地質コンサルタントとして勤務。しかし、九七年に始めた地下水汚染に関するモニター用井戸の掘削で、彼の指示通りにやっていなことに不信を抱き、九九年に抗議の意味を込めて辞職した。

 「研究所のやり方では、掘削の際の泥水などがたまり、正確な地下水汚染の数値が測定できない。それどころか、汚染そのものを隠してしまう」とギルクソンさんは指摘する。

 彼はその後、コロラド州で大企業の地質コンサルタントに就任。が、〇三年にニューメキシコに戻り、研究所周辺のコチィーティ先住民らのためにボランティアで水質検査を続けている。

 「コチィーティ先住民の居住区には、研究所が設置した三十のモニター用井戸がある。だが、どれ一つとして汚染値を正確に測れるものは存在しない。私は二〇〇四年にそのことを論文にまとめて発表した」とギルクソンさん。すると、予想通り研究所などからの激しい批判を浴びた。ところが翌年には連邦環境保護局も、エネルギー省も彼の正しさを認める論文を発表せざるを得なかった。

 ■目立つ警備強化

ロスアラモス国立研究所の環境汚染
 1943年、米核開発の中枢施設として建設が始まって以来、活動に伴って生み出された膨大な量の放射性廃棄物や他の有害物質は、渓谷に投棄されたり敷地内に埋められたりしてきた。敷地内には1400以上の汚染個所があるとされる。高爆薬実験場からは重金属の鉛、水銀、ベリリウムなどが見つかり、渓谷からはストロンチウム90、プルトニウム239など半減期の長い放射性物質が検出されている。

 ニューメキシコ州環境局は2006年2月、研究所に近いリオグランデ川で捕ったナマズやコイを食べないようにと警告。州基準の数千倍のポリ塩化ビフェニール(PCB)が川から検出された。「核の安全に関心を寄せる市民」など州内の環境9団体は、研究所が「水質汚染防止法」に違反し、「先住民の生活と流域の将来の飲料水・農業などを危険にさらしている」として、研究所を相手に近く訴訟を起こす計画である。
 「六十年以上におよぶロスアラモス研究所の活動で、研究所のあるメサ(岩石の丘)には膨大な量の放射性物質が埋められ、渓谷には放射性廃液や化学物質が投棄されてきた。アメリシウムやトリチウム(三重水素)、ポリ塩化ビフェニール(PCB)など一部はすでに主要河川のリオグランデ川に流れ出している」

 ギルクソンさんは、こうした現状にあって、RRW計画の中心をなすプルトニウム・ピットの生産について「危険きわまりない」と警告を発し続けている。「連邦政府や州政府が定める水質基準を満たせず、適切なモニターもできないなら研究所を閉鎖すべきだ」。彼は専門家としての「良心」と、人々の健康を守ろうという「常識」があれば「だれもが同じ結論に至るだろう」と言う。

 私はギルクソンさんへのインタビュー後、サンタフェから北西へ車で約六十キロのロスアラモス研究所へ向かった。ほぼ六年ぶりの再訪である。以前にはなかった検問所がいたる所に設置されつつあった。新しい施設の建設も目立つ。

 「核権力」の象徴であるロスアラモス研究所。現場に立つと、周辺住民や世界の人々の批判を無視して「永遠に核開発をやめない」という意志を示しているようにもみえる。こうした中で、巨大な核体制にひるまずに立ち向かう市民の存在は大きい。


「信頼性のある代替核弾頭計画」に関する公聴会で発言するグレッグ・メローさん。「かつて核開発にかかわった物理学者でさえ、既存の核兵器はなお40、50年は大丈夫だと言っている。新しい核兵器を造るよりも大幅な削減こそが求められている」(アルバカーキ市) ロスアラモス国立研究所に設置された新たな検問所。敷地内を抜ける公道のパトロール警備も一段と強化されている=2007年5月、ロスアラモス市(サダフ・キャメロンさん撮影)

| 中国新聞TOP | INDEX | BACK | NEXT |