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社説・コラム

社説 ベルリンの壁崩壊30年 多国間協調の試練続く

 東西冷戦を象徴していたドイツのベルリンの壁が崩壊してから、きょうで30年になる。第2次世界大戦後、イデオロギーで真っ二つに分断されていた欧州が一つの塊へと、大きくかじを切る歴史の転換点だった。

 壁崩壊の11カ月後に東西ドイツは統一され、多国間協調によって国境を乗り越えようとする欧州連合(EU)の結成につながった。自由と民主主義の勝利だと、浮かれる雰囲気が国際社会に漂っていた。

 EUは、「欧州の盟主」となったドイツに先導され、地域平和の実現に力を尽くした。単一通貨の導入で経済的統合も目指してきた。多国間協調の下で、分断されていた世界を安定させる役割も担った。その功績は大きい。

 ところが、近年は風向きが大きく変わった。民主主義や人権といった価値観を軽んずる風潮が世界に広がり、格差の拡大という新たな壁が人々を分断している。憂慮すべき事態だと言わざるを得ない。改めて自由と民主主義の価値を見つめなければならない。

 30年前の壁の崩壊は、自由な往来を可能にしただけではない。東西を隔てていた資本主義か共産主義かという対立を終わらせた。旧ソ連の影響下にあった国々では、表現の自由を抑圧する国家による監視もなくなった。人々は豊かな西側に早く追い付こうと、夢を膨らませた。

 ところが夢は夢で終わった。国営企業を民営化する過程で、多くの会社は閉鎖や人員整理に追い込まれた。なかなか仕事に就けない旧東独の人々の苦境は今なお解消されたわけではない。不満を募らせる住民が少なくないのは無理もなかろう。

 格差の広がりは今、ドイツ社会を揺さぶっている。人々は不満の矛先を、シリアをはじめ中東などから受け入れた100万人を超す難民に向けている。

 排外主義の浸透とともに、反難民・移民を掲げる右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が勢力を伸ばしている。とりわけ旧東独での躍進ぶりは驚くほどだ。看過できない。

 難民の大量受け入れは、「欧州の首相」とも呼ばれるメルケル首相が決断した。自国の利益にとらわれず、多国間協調の立場を貫いたことは称賛に値するはずだ。

 しかし足元で反発を招き、昨年の地方議会選で敗北した。その責任を取ってメルケル氏は2021年の首相任期末での政界引退を表明するところまで追い込まれた。

 東独で育ち、旧東独の現状も熟知しているメルケル氏の挫折は、ドイツとEUの混迷ぶりを浮き彫りにしている。ほかにもEU離脱を巡る英国の混乱や、旧東欧諸国での排外主義的な政権の台頭も目立つ。多国間協調や民主主義は危機にある。

 背景にある格差の拡大は欧州だけの問題ではない。各国に共通するだけに手を携えて解決策を探るのが筋ではないか。今こそ多国間協調を進める時だ。

 臆面もなく「一国主義」を前面に出すトランプ米大統領に屈することなく、自由と民主主義という理想を高く掲げ、多国間で進んでいくしか道はない。

 日本も、EU各国と国際協調の先頭に立ち、格差拡大に歯止めをかけ、社会の分断を食い止める役割を担うべきだ。

(2019年11月9日朝刊掲載)

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