原爆資料館(広島平和記念資料館)

本館は、平和記念公園(広島市中区中島町)の中心施設として、丹下健三氏(2005年3月に91歳で死去)が設計。1951年2月に着工し、資金難による工事中断を経て、55年8月24日に開館した。東西82メートル、南北18メートルの鉄筋2階建て(一部3階)。1階部分を20本の柱だけにした高床式の構造が特徴。造形だけではなく、資料館から原爆慰霊碑、原爆ドームを南北一直線に配置する軸線に込めた設計思想も注目される。文部科学相に国重文に指定するよう答申した文化審議会(阿刀田高会長)は「国際的に高い評価を受けた最初の戦後建築」と評価した。

91年、展示内容充実のため、改修工事と館内展示の改装を実施。94年には、展示・収蔵機能や平和学習の場を充実するため、平和記念館を改築し、東館がオープンした。

所蔵する実物資料は約2万1000点、写真は約7万枚。入館者は2014年3月末までの累計で6452万2357人。正式名称は広島平和記念資料館。

原爆被災資料の展示は、49年9月、市中央公民館に「原爆参考資料陳列室」(原爆記念館)が設置されて始まった。資料の収集には、市民有志の団体である原爆資料集成後援会(現原爆資料保存会)をはじめ多くの市民の協力があった。

※原爆資料館のウェブサイト

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