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米テロ1年ヒロシマから



イラク攻撃に走るブッシュ政権 
広島市立大ファルーク教授に聞く
picture 2002/09/21

 米国のブッシュ政権に「悪の枢軸」と名指しされたイラクは、大量破壊兵器に関する国連調査団の無条件査察を受け入れた。だが、サダム・フセイン大統領の打倒をもくろむ米政府は議会有力者を巻き込み、軍事力行使に一段と傾いている。なぜ今、イラク攻撃なのか。武力攻撃は米国をはじめ、中東地域や世界の安定に貢献するのか。昨年九月の米中枢同時テロに見られるようなテロ行為の防止に役立つのか。イスラム世界に詳しいマレーシア出身の広島市立大のオマール・ファルーク教授(55)に二十日、聞いた。
(編集委員・田城明)

真の目的は石油利権 中東全体を不安定化

▽譲れぬ打倒フセイン

中東諸国などの圧力もあり、十六日にイラクは査察再開の無条件受け入れをアナン国連事務総長あての書簡で表明しました。今後、査察が順調に進んでも、ブッシュ政権はイラクに軍事攻撃を仕掛けるでしょうか。

 ブッシュ大統領は、十二日の国連演説で「査察が失敗すれば攻撃する」と言った。しかし、大統領はそれ以前に、議会などでイラクのフセイン政権の打倒を明確に打ち出している。国連による査察を持ち出したのは、その過程抜きでは国際社会の反発があまりにも大きくなると判断したからだ。

 が、米国はそもそも国連による査察を信用していない。大量破壊兵器が見つかるかどうかより、独裁者のフセイン体制そのものが脅威であり、転覆させなければならない存在とみなしている。攻撃に反対する国内、国際世論がよほど大きくならない限り、一国主義を強める米国の軍事行動をとどめるのは困難だろう。

一九九一年四月の湾岸戦争の休戦協定成立後も、米軍によるイラク南部などへの空爆は頻繁に起きています。しかし、今なぜ全面攻撃にこだわるのでしょう。

 昨年九月の米中枢同時テロに対し、米国は十月にアフガニスタンに報復攻撃を加え、簡単にタリバン政権を崩壊させた。テロの首謀者とされるウサマ・ビンラディン氏率いる国際テロ組織アルカイダの拠点もたたき、戦果を挙げたとしている。

 現実にはビンラディン氏は生存しているといわれ、アフガニスタンやパキスタンなどで戦闘が続いている。だが「対テロ戦争」という名目を掲げれば、国内外の世論の支持を得られやすい。この機会をとらえ「テロ国家」であり、米国の利益に反するフセイン政権を一気に壊滅しようというわけだ。

 ▽イスラエル擁護狙う

米国の利益というと、中東における石油の利権やイスラエル擁護ということですか。

 その通りだ。強硬派のラムズフェルド米国防長官らは「米国民を守るためには、大量破壊兵器を所有するイラクが、わが国を攻撃するのを座して待つわけにはいかない」と主張している。だが、少し冷静に考えれば、イスラム国家であれ、ロシアや中国であれ、唯一の軍事超大国となった米国を「国家」として攻撃できる国などない。米国の報復攻撃はその国、国民の破滅を意味する。

 とすれば、主要な理由は国家としてのイスラエルの存在をなお認めず、パレスチナ人の解放の闘いをオープンに支援しているフセイン政権を打倒し、イラクに親米政権を樹立することだ。そうすることで、埋蔵量の多いイラクの石油の利権を支配下に置くことができ、イスラエルに対してイラクと同じ立場に立つイランやシリアなど周辺国への無言の圧力にもなる。

しかし、軍事攻撃となれば湾岸戦争時のように子どもたちを含め多くのイラク国民が犠牲になります。当時、実戦で米英両軍が初めて放射能兵器である劣化ウラン弾を使用したように、今回もさらに強力な新兵器が使われるかもしれません。それにイラク国民の反米感情を考えれば、親米政権がそう簡単に樹立できるとも思えません。

 私も米国が実験的に超小型核兵器のような新兵器をテストするのではないかと恐れている。国際刑事裁判所(ICC)に加盟しない理由も、非人道兵器を使って責任を問われた時、その責任を逃れるためではないかとみている。

 湾岸戦争後、イラクでは米国などによる経済制裁によって十分な医薬品や食料がなく、劣化ウラン弾などの影響もあって、すでに五十万人以上の子どもたちが白血病や胃腸障害などで死亡している。

 南北を合わせたイラク領土の約三分の一は、今も飛行禁止空域に指定され、米軍が常に監視している。その意味で、湾岸戦争後のイラクには「国の主権」というものがない。こうした状態にイラク国民の多くは強い屈辱感を抱いている。フセイン大統領が独裁者だとしても国民の怒りはアメリカに向いている。それだけに、彼に代わってイラク国民に支持を受けるような指導者は今のところ見当たらない。

 ▽テロに向かう若者も

米軍あるいは米英両軍によるイラク攻撃は、中東全体をより不安定にすると…。

 そうだ。イラクに限らずイスラム諸国民の反米感情は今でも強い。世界の多くの人びとと同じように、9・11テロ事件を決して許せなくても、それが起きた原因は一年後も何も解決していない。いや、むしろ一層悪化していると言わざるを得ない。

 イスラエルのシャロン政権によるパレスチナ人への強硬政策とそれを支援する米国、サウジアラビアにおける米軍の駐留、クウェートなど中東諸国の独裁政権への米政府の肩入れ、グローバリズムの中での米国による世界の経済支配…。

 こうした状況下で、イスラム諸国の若者を中心に「アルカイダイズム」とも言うべき現象が進んでいる。米国のやり方に憤りを覚えても、国家としては抵抗できない。そのために顔を持たず、表には決して出ない個人や小グループのテロリストたちが生み出されているのだ。米国内でも起きていると言われている。

ビンラディン氏がいなくなっても、テロ撲滅はできないと…。

 残念ながらそうだ。米国が軍事力に頼れば頼るほど、米国民は不可視の敵におびえ、現実の脅威も増すだろう。治安維持の名において十分な証拠もなく市民、とりわけアラブ系市民が逮捕されるなどの人権侵害も起きている。

 大切なことは、時間がかかるようでも南北間の経済格差や中東地域などに存在する大きな矛盾を、武力ではなく、国連を中心にした国際社会の協力によって解決していくことだ。独善的ともいえるブッシュ政権の軍事力行使を許してはならない。それは、アメリカ人を含めさらなる罪なき人びとの死と、米国の軍需産業、「死の商人」を利するだけにすぎないからだ。









■プロフィル■
オマール・ファルーク氏 1947年2月、マレーシア・ペナン市生まれ。67年マラヤ教育大、75年マラヤ大をそれぞれ卒業。81年英国ケント大で博士号(政治学)取得。マラヤ大助教授などを経て、94年から現職。著書に「東南アジアにおけるイスラム市民社会」など。

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