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因果関係 (2006.8.1)

 ■未解明ゆえ道のり長く

 厚生労働省から届いた一枚の「通知」がある。手にして思わず、「うそじゃない」と口をついて出た。安芸高田市に夫(84)と二人で暮らす原告の三谷キミエさん(76)。C型肝炎で原爆症認定を申請し、却下された四年前を思い出す。
 判決を待つ原告四十一人の中では、最も爆心地に近い場所で閃光(せんこう)を浴びた。原爆症として認定されにくい遠距離・入市被爆者に比べ、因果関係はあるようにみえる。だが、別の壁が立ちふさがる。「C型肝炎」。ウイルス感染が原因とされ、がんなどとは違い、認定されにくい病気の一つといわれる。
 「直爆なんよ。どうして原爆のせいじゃないと言えるん?」。爆心地から約五百メートルの中央電話局(現広島市中区袋町)で勤務中に被爆した。窓の近くにいた。ミカン色の光が入ってきたかと思うと爆風で飛ばされた。砂ぼこりで、あたりは真っ黒になった。外へ出ると、自宅のある東へ向かい、ひたすら逃げた。

 ▽絶えず病に悩む

「最近は歩くのも大変で病院にも行けません」。安芸高田市の自宅でつらい病状を語る三谷さん(撮影・荒木肇)
 その直後、嘔吐(おうと)や脱毛の症状が出た。三カ月は耳が聞こえにくく、五年くらい頭痛も続いた。絶えず、病に悩まされている。十数年後には貧血で入院、一九七五年には卵巣のう腫を患い、摘出手術を受けた。そして九年前、肝機能障害になった。「こうして生きているのが不思議ですよ」。目を大きく見開く。
 望みはある。同じようにC型肝炎を患い、肝機能障害による原爆症認定を求めて、個人として訴訟に踏み切った東京の男性がいた。長崎で被爆した東数男さんだ。九九年に東京地裁に提訴し、二〇〇四年三月勝訴した。
 「ウイルスが原因で、被曝(ひばく)とは無関係」と主張する国に対し、原告側弁護団は、放射線被曝により慢性肝機能障害の進行を促す可能性を指摘する論文などを証拠として提出した。一審の東京地裁は「放射線被曝による免疫力低下が、C型慢性肝炎を発症、進行させる起因となっていると認めるのが相当」と判決を下した。
 国は控訴した。東京高裁で係争中の〇五年一月、東さんは七十六歳で亡くなった。死因は肝不全。その後の東京高裁も地裁判決を支持、国は上告を断念し、勝訴が確定したが、その報を聞くことはできなかった。
 「東さん勝訴」―。三谷さんが紙袋から取り出した新聞の切り抜きや支援団体の会報に、その文字が躍る。「最近は身体がつらくて、全部読む気力も出ない。けどね、ちゃんと取ってあります」

 ▽「人生を認めて」

 現代医学が進歩したと言われながら、原爆が放った放射線が人体にどういう影響をもたらすのか、いまだに全容は解明されていない。だからこそ、司法の場で、原爆にあらがってきた人生を認めてほしいと願う。
 「ここまで長かった。生きていても、つらいことばかり。何度も川に飛び込もうかと…」。弱音も交じる。ただ、同じ電話局内で被爆した同僚が子宮がんで原爆症と認定されたと聞くと、勝訴への思いは強まる。
 三月まで広島平和会館(中区)で原爆被害者相談所相談員を十三年間務めた宮崎安男さん(77)=佐伯区=は言う。「被曝による肝炎への影響が否定できないことは認められた。国の責任で総合的な援護策を講じるとした被爆者援護法の精神に従えば、原爆との因果関係が否定できない限り、認定するべきではないか」(森田裕美)

61年目の夏 2006ヒロシマ


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