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入市被爆 (2006.8.2)

 ■放射線の影響 どう判断

 広島市佐伯区に住む大江賀美子さん(77)。今回判決を待つ原告四十一人のうち二人いる入市被爆者の一人だ。
 三次高女(現三次高)四年だった一九四五年八月十九日、広島市に入り、爆心地から約三百五十メートルの本川国民学校で一週間、救護活動にあたった。焼け落ちて外枠だけが残った鉄筋の校舎は、息も絶え絶えの被爆者であふれていた。
 「毎日寝る暇もないくらい、ほこりまみれになって働きました」。夜は校舎の中にむしろを敷いて眠った。

 ▽がんで5回手術

三次高女4年2組の卒業写真。多くの生徒が原爆投下後の広島へ救護に駆け付けた。最後列左から2人目が大江さん(1946年3月)
 体調に異変が起きたのは三次市に帰郷してからだった。下血や嘔吐(おうと)、全身の気だるさに悩んだ。「学校では陸上の選手で体は丈夫だったから、母は余計に心配した。(広島で)毒を吸ったんじゃないかと、せんじ薬を飲ませてくれた」
 三十七歳で乳がんを患う。その後も胃がん、卵巣がん、子宮がんなどに侵され、計五回の手術を受けた。いつも被爆による後遺症の不安におびえてきた。それでも、原爆症認定の申請は二度とも国に却下された。
 がんなどの病気を患っても、その原因が原爆であると国から認められることは、皆無に近い―。原爆投下から二週間以内に爆心地近くに入った入市被爆者の立場は、そう説明できる。
 なぜ、認められないのか。病気の原因が原爆によるのか、そうでないのかを「線引き」する国の基準では、入市被爆は放射線の影響が小さいとされる。大江さんが集団提訴に加わったのも、そうした国に対し、「原爆が原因と認めてほしい」との一心からだ。
 原爆症認定では、被爆者が浴びた放射線の被曝(ひばく)線量の推定が大きな比重を占める。現在、採用されているのは爆心地からの距離で直線的な被曝線量を計算する方式「DS86」。だが、この基準に対し、「残留放射能の影響を考慮していない」と批判は強い。DSで推定する被曝線量では、入市や遠距離被爆者が訴える脱毛などの急性症状は起きない。
 放射線被曝の形態は、爆発時に生じた放射線降下物のちりや「黒い雨」にさらされたり、食物などに混ざった放射性物質を体内に取り込む内部被曝など、直爆以外にもある。ただ、それらの被曝線量や人体に与える影響は解明できていない。最新の推定方式「DS02」の研究班委員長を務めた葉佐井博巳広島大名誉教授も限界を認めた上で、「証明できないものをどう判断するかだろう」と指摘する。

 ▽級友約20人調査

 集団訴訟で初の判決を下した大阪地裁は、内部被曝が発病に影響している可能性や、入市被爆者の急性症状の証言を念頭に、科学的グレーゾーンについて被爆者を救済する姿勢を明確に示した。
 広島での訴訟で原告側は、大江さんと行動をともにした三次高女の同級生約二十人を調査。七人ががんや白血病で死亡していた事実を説明した。生存者の急性症状についての聞き取り結果も示し、放射線との因果関係を訴えた。
 これに対し、原爆症認定を審査する厚生労働省の審査会分科会の会長らは大阪地裁判決を受けて、控訴審の行われる大阪高裁に意見書を提出した。入市や遠距離被爆者の急性症状について、ストレスなどの精神的影響による放射線以外の要因を指摘し、「内部被曝の影響を過大評価している」と反論する。
 研究者にも「直後はともかく、原爆投下から十日以降の残留放射線はほとんどない」とする意見があり、入市被爆をめぐる壁は厚い。
 原爆投下から間もなく六十一年。科学が高度に発達した現在も残る、核被害の闇に、司法はどんな判断を下すのか、注目される。(滝川裕樹)

61年目の夏 2006ヒロシマ


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