中国新聞社

核ドミノは起きるのか(1)

'98/6/2

 核戦争による人類の危機を刻む「終末時計」の針が破滅に向けて大きく振れた。インド・パキスタンの相次ぐ核実験強行は、核不拡散体制の崩壊を意味し、さらなる核保有国を連鎖的に生み出す危険をはらむ。それは自らの国益を優先させてきた核五大国の論理と米国追随の日本の外交政策の限界、被爆地の訴えが届かない現状など、さまざまな問題を突きつけている。今、日本は、ヒロシマは何をなすべきか。各分野の専門家に聞く―。


▽カギ握る保有国の軍縮

埼玉大教授・元IAEA広報部長
吉田 康彦氏
よしだ・やすひこ NHK国際局報道部長などを経て、82年国連職員。86年IAEA広報部長。93年から現職。著書に「21世紀の地球社会と日本」など。国際関係論専攻。62歳。
 インドとパキスタンが今すぐに核戦争を始めると危機感をあおる声もあるが、両国の政治家、エリート軍人、外交官の水準は極めて高い。今は一時的に興奮しているが、何より彼らは、核の発射ボタンを押すことが、どんな悲劇につながるか心得ている。

 国際社会の無関心

 問題はむしろ、国際社会がこれまで、両国間のカシミールの領有権をめぐる紛争に、ほとんど関心を示さなかったことだ。例えば、カシミールを国連の信託統治にするとともに、根深い宗教対立を融和、共存へと進める草の根レベルの取り組みはできないか。それが、核使用の口実を与えないことにもつながる。

 また、パキスタンの核保有により、他のイスラム国家へドミノ倒しのように核が拡散するとも言われているが、いたずらに不安をあおる状況ではないとみる。イスラム諸国に今、核兵器の材料となる核物質はないからだ。原子炉二基を建設中のイランにしても、国際原子力機関(IAEA)の全面査察を受けている。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)も、国際的な援助をふいにしてまで核開発に走るとは思えない。むしろ、旧ソ連の核管理の不備や解体過程に伴う流出の不安がまったく解消されていない。

 インドは、なぜ中国の核はよくてインドの核は悪いのか、と主張している。確かに核拡散防止条約(NPT)は、核保有国がIAEAの査察を全く受けずに済むのに、非核保有国は核物質を扱う全施設をIAEAに申告し、査察を受けなければならない。インドにしてみれば、なぜ隣国中国にはそんな特権が与えられるのか。自分たちもアジアの大国なのだと主張する核実験だった。

 これからは四原則

 印パの核実験で、五カ国だけに核保有の特権を認めたNPTは崩壊した。今後、印パを核管理体制に引き込むには、核保有国として公認するほかない。だが、単に両国に特権を認めるのではなく、核保有国の軍縮を確実に進めるべきだ。二〇〇〇年の次のNPT再検討会議の際、米ロが率先して核軍縮を進め、廃絶に向けて努力する具体策を示すことで、印パを道連れにするしかない。核保有国が真剣に核廃絶に踏み切らない限り、秘密核開発の誘惑に駆られる第三世界の指導者はあとを断たないだろう。

 米国の「核の傘」にある日本に、印パへの説得力は乏しい。思い切って傘から抜け出し、核抜きの日米安保を世界に宣言。米国に廃絶に向けての核軍縮を迫るべきだ。さらに、非核三原則に「核の傘からの脱却」を加えて四原則とし、北東アジア全体に拡大して「非核地帯」とすべきだ。平岡敬広島市長が主張される「核不使用条約」も同じ文脈であろう。



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