中国新聞

タイトル 第1部 それぞれの思い 
 
 5.自衛隊幹部志願

気負いなく進路選択
 ―業務に実感ないまま
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 東広島市の広島大理学部生物学科で、コケの生態を研究する四年 生の藤田匠さん(24)は今、卒業論文の仕上げとともに週三、四回の ランニングが欠かせない。距離や時間は特に決めていないが夕方、 自宅のアパートを出て大学近くを一キロ、二キロと走る。

 運動部の経験なし

 四月には、広島県安芸郡江田島町にある海上自衛隊幹部候補生学 校に入学する。午前六時に起床。分刻みに授業や訓練をこなす一年 間の厳しい生活が待ち構えている。高校、大学で運動部経験はな い。

 「鍛えられている防大組に追いつかないとけない。体力的にはつ らいと思うが、乗り越えるしかない」

 陸、海、空の自衛隊幹部候補生学校には防衛大の卒業生だけでな く、一般の大学・大学院出身者の枠が設けられている。藤田さんは 海自の採用試験で、三十五倍の高倍率をパスした。

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海上自衛隊幹部候補生学校への入校を前に、体力づくりに励む広大生の藤田さん
(東広島市西条町下見)

 海自基地のある舞鶴市の出身。もともと医師志望で「最初から自 衛隊に入ろうと思っていたわけではない」。大学入学後も医学部へ の思いを捨てられなかったが結局、断念。将来に迷っていた時、自 衛官のおじが「自衛隊では仲間を大切にし、他人への思いやりを持 てる」と受験を勧めてくれた。

 藤田さんは「普通の会社では、他人をけ落としてまで仕事をする こともある、と聞いている。それに比べ魅力を感じた」と言う。

 日米防衛協力のための新指針(ガイドライン)で、自衛隊の米軍 への協力体制が強まり、「周辺事態」で後方地域支援に出動する可 能性も出てきた。だが、そうした状況にはまだ実感が持てない、と いう。

 昨年六月の二次試験の小論文のテーマは「日米防衛協力体制につ いて」と「産業廃棄物のリサイクル問題について」の二者択一。藤 田さんは「産廃」を選んだ。自衛隊でやりたい仕事も「まだ分から ない。入ってから考える」と話す。

 広大から40人受験

 生物学科の同級生三十人の多くは大学院に進む。藤田さんが「自 衛隊に入る」と告げた時、驚く反応はなかった。合格者数は明らか ではないが、広大からは昨年、約四十人が陸、海、空の幹部候補生 学校を受験している。すでに珍しい進路ではなくなっているのだ。

 不況で公務員志向が強まる中、自衛隊員も国家公務員の職種の一 つと考える大学生は男女を問わない。広島市内の私立高校の出身 で、四月から福岡県久留米市の陸上自衛隊幹部候補生学校に入る関 西大社会学部四年、河村美紀さん(22)もそんな一人。女子は百倍近 い競争率だった。

 「結婚後も続ける」

 専攻の心理学を生かしたカウンセリングの仕事が希望だ。広島市 役所や大阪府警も受け、大阪府警には合格した。「陸自には隊員を ケアする衛生部門があると聞いて選んだ。勉強しながら仕事し、結 婚後も続けられると思って」と志望動機を語る。

 父は広島市在住の銀行員。河村さんは自衛隊とは接点はなかっ た。だが、高校、大学と続けた剣道で体力には自信がある。「自衛 隊や安保のことはよく知らない。これから勉強です。久留米での成 績がよくないと職種希望が通らないので、ともかく頑張りたい」。 卒論の仕上げとアルバイトが今の日課である。

 《幹部候補学校》陸、海、空の幹部自衛官の養成機関。防衛大卒 業生と内部登用者以外に、一般大学から試験で採用。一般社会で学 生生活を送った人材によって組織を活性化させるのが狙い。毎年の 入校者は防大卒業生が四百人余り、一般大学卒は陸、海、空合わせ 二百人前後。志願者は年々増え、昨年は十年前の八倍の計一万二千 九百人に上り、平均倍率は五十四倍となった。


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