核施設の北側境界から約80メートルのオズボーン夫妻(右側の2 人)宅の中庭で、地下水汚染の問題などについて話し合うジェリー ・ステインさん(左端)とアディス・チャーレスさん(パンハンド ル市) |
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農民脅かす井戸水汚染 ■ 実態学び意識変革進む
「ここから核施設まではわずか半マイル(約八百メートル)。大地や 水などきれいな環境がすべての農民にとっては、ありがた迷惑な施 設さ」 サングラスにジーンズ姿の大柄なフィリップ・スミスさん(62) は、牛たちにエサを与えながら声を張り上げた。 「特に二〇〇〇年三月以後に、北米最大のオガララ帯水層の一部 が、発がん物質のトリクロロエチレン(TCE)やトルエンなどで 汚染されているのが分かってからは周辺農家だけでなく、四〇%の 上水をこの水源に依存しているアマリロの住民にとっても重大な関 心事よ」。ふだんは夫と一緒に農作業をしているという妻のドリス さん(63)が、そばから言い添えた。 大学卒業間もない一九六二年に結婚。二人の子どもを育てなが ら、パンハンドル市のドリスさんの実家の農地約十平方キロを継い で、主として小麦と牧畜で四十年間生計を立ててきた。 「パンテックスが核関連施設だということは分かっていた。しか し『最高機密』に属することだから、初めから関心を寄せなかっ た。ところが、九一年に施設拡大のために、百軒余りの周辺農家の 土地を買収しようとの計画が明るみに出た。それからだよ、本気で 関心を向けるようになったのは…」 仕事の手を休めて家に戻り、台所のいすに腰を下ろしたフィッリ プさんは、農民らの間に土地買収への反対運動が起きたきっかけに ついて話し始めた。やがて生まれた住民組織の「パンハンドル地方 の隣人と地主たち」(PANAL)。遠くの支持者を含めメンバー は約三百五十人。夫妻で代表を務めるその会の活動を通じて、核施 設の実態も学んでいったという。
エネルギー省によると、これまでに六万個以上のさまざまな核弾 頭が組み立てられた。解体個数は約五万個と言われている。が、解 体後に古くなった部品を交換して再び配備したケースも多く、永久 に解体された核弾頭の実数は明らかにされていない。 「緩衝地帯」を含め敷地面積は約六十五平方キロ。敷地の拡大計 画は、水爆の起爆装置であるプルトニウム・ピットを製造してきた ロッキーフラッツ核施設(コロラド州)が八九年に閉鎖されたのに 伴い、「その機能をパンテックスに移そう」との狙いで浮上した。 ビジネスを拡大したいと願うアマリロの商工会議所などが、エネ ルギー省に加勢して動いていた。スミスさんらは、ロッキーフラッ ツの汚染状況に詳しいデンバー在住の弁護士を招くなどして勉強会 を開いた。 「ロッキーフラッツのような放射能汚染や化学汚染が起きれば、 農業は死滅する」。愛国心にあふれた保守的な農民が多い土地柄だ が、核施設の実態を知るにつれ、反対への強い合意形成がなされて いったと夫妻は口をそろえる。 「ちょうどソ連との冷戦終了時と重なっていた。核兵器を減らそ うというときに、なぜ新たに土地が必要なのか。そもそもそれが解 せなかった」。フィリップさんはこう強調しながら、さらに言葉を 継いだ。 「地上から核兵器をなくすには、パンテックスは必要な施設だ。 だからPANALとして閉鎖を要求したことはない。でも最近のよ うに、われわれにとって死活問題のオガララ帯水層や井戸などの汚 染が広がれば、将来、閉鎖を求めることだってあり得る」 北米大陸が形成される過程で生まれた膨大な水量をたたえるオガ ララ帯水層は、北はサウスダコタ州の南端から南はテキサス州中部 まで延長約千三百キロ、面積にして本州のほぼ二倍の約四十四万五 千平方キロに及ぶ。 溶剤に使われるTCEやトルエンなどの汚染物質が検出されたの は、パンテックス北側敷地内と外側に設けた地下約二百三十メート ルのモニター用の井戸からだ。そこからさらに北へ一・五キロほど 離れた所に、人口約二十五万人のアマリロ都市圏住民に供給する三 十八個の井戸が分散してあった。 「当局はいつも『汚染レベルは低い。健康に問題はない』の繰り 返し。どの井戸もまだ汚染されていないと言っているけど、私たち は信じていない」と、ドリスさんは不信を露(あら)わにする。 すでに敷地内では、防水設備のない溝や「プラーヤ」と呼ばれる 浅い窪地(くぼち)に、トルエンなど十数種類の化学物質や水銀、鉛 などの重金属物質が大量に捨てられていた。いくつかのプラーヤか らは、ウランなどの放射性物質も検出されている。 このために土壌やオガララより浅い約百二十メートルの位置にあ る地下水を汚染。スミスさん宅とは正反対の核施設東側や、北側の 敷地外に広がり、飲料水や灌漑(かんがい)に使われていた一部農 家の井戸は閉鎖された。 「ほら、ずっと向こうにこんもり盛り上がった所が見えるでしょ う。あそこは『ゾーン12』。あの地下で核兵器の組み立てや解体が 行われている」。彼女はしばしば説明のために車を止めた。
ドリスさんによると、現在、解体した核弾頭から取り出した余剰 のプルトニウム・ピット約一万三千個が施設内の地下に保管されて いるという。 「ここが核施設の北側に当たるオズボーンさんの家よ。九五年に はTNT火薬にして百十ポンド(約五十キロ)もある高火薬爆発実験 で、家の壁や台所のタイルなどに大きなひびが入った。今は井戸水 の汚染で他の農家二軒と一緒に訴訟を起こしている」 オズボーンさん宅に立ち寄ると、夫のジムさん(66)と妻のジェリ ーさん(64)が、近郊からやって来た牧場主のアディス・チャーレス さん(60)や、この地域のカトリック教会の元神父だったジェリー・ ステインさん(60)と話し込んでいた。 「見ての通り、道路のすぐ向こうは核施設。北側に『爆発グラウ ンド』があるから、高火薬爆発のたびに家が揺れる。九五年のとき は、それこそ大地震に見舞われたようで生きた心地がしなかった」 当時、家の中にいたというジェリーさんが、恐怖を再現するよう に言った。家の修理にかかった費用は四万七千ドル(約五百六十四万 円)。保険会社から費用は出たが、パンテックス核施設を運営する 契約会社からもエネルギー省からも、いまだに何の補償もないとい う。 パンテックスでは、核兵器の組み立て・解体のほかに、プルトニ ウム・ピットを周りから圧縮して核分裂反応を起こさせるための非 核の高爆薬装置を製造していた。そのための実験が大気中で実施さ れてきたのだ。 「エネルギー省や契約会社が口にする『安全』は、キツネがニワ トリ小屋をガードするのと同じ。信じていたら危険が増すばかり。 住民にもそれがよく分かってきた」とステインさん。 「でもね…」と、ステインさんは歯に衣着せぬ率直な口調で言っ た。「私はたくさんの従業員と接触してきて、がんなどで若死にし たり、病気のために辞めざるを得なくなった人を随分知っている。 当局は部外者だけでなく、内部の者にも本当の危険を伝えていない 気がする…」 小麦、トウモロコシ、畜産…。人口二千五百人のパンハンドル市 をはじめ、パンテックス核施設の半径約六十キロ圏内、二十六郡を 合わせただけで、アメリカの海外輸出牛肉の約30%を占めるとい う。 「私たちのビジネスは人の命を奪うためではなく、生命をはぐく むためのビジネス。核兵器よりも、世界平和のためにはよっぽど貢 献している。クリスチャンとしても正しい道だと思うわ」。四人の 話に加わったドリスさんは、確信に満ちて言った。 軍備増強に邁進(まいしん)するブッシュ大統領のおひざ元テキサ ス。一握りの声とはいえ、核施設を隣に抱えた農民らの意識は、十 年間で大きな変化を遂げていた。 |
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