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核なき世界への鍵

核なき世界への鍵 前進のために <5> 平和教育

非人道性 市民で広める

 核兵器禁止条約作りに貢献した、国際非政府組織(NGO)核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))へのノーベル平和賞授賞は、日本の若者たちにも刺激を与えた。「うれしいです」。明治大3年渡部遥菜さん(20)は11日、東京都内であった禁止条約を巡る集会で、日本被団協の田中熙巳(てるみ)代表委員(85)を前に声を弾ませた。ゼミの同級生2人と資料配布を手伝い、講演に聞き入った。

 渡部さんは埼玉県出身で4月から国際法のゼミに所属。7月、ゼミを指導する山田寿則兼任講師らと米ニューヨークの国連本部を訪れ、禁止条約の交渉会議を傍聴し、採択を見届けた。被爆者と共に核兵器の法的禁止を訴えてきたICANの活動ぶりも見た。

 ゼミに入るまで、原爆は歴史の授業で学んだ程度。禁止条約の議論の進展も知らなかったという。渡米前、外務省ホームページの関連項目や岸田文雄外相(当時)の会見録を読んだ。「核兵器が禁止されると、日本の安全保障は危うくなるかもしれないんだ」。交渉不参加の政府の姿勢を、そう受け止めた。

 国連で、広島原爆に姉を奪われた日本被団協の藤森俊希事務局次長(73)たちの話を聞き、考えが一変した。なぜ、全ての国がこんな非人道的な兵器を禁止しないのか―。8月に広島、長崎を初めて訪れ、核兵器の禁止、廃絶へ、「あの日」を語ってきた被爆者の胸中に触れるにつけ、思いはさらに膨らんだ。

 ただ東京に戻ると、被爆地に比べ、報道などで条約に接するのは少ない。国連の体験を同世代に話しても大半が条約の存在自体を知らない。自らを省みて言う。「多くの市民が核兵器の恐怖や被爆者の思いを知らず、政府の考えに疑問を持たなかったのが、不参加につながったのでは。今後も市民次第だと思う」。微力でも、身近な人から伝える草の根の「平和教育」を、自分の役目と感じる。

 禁止条約は、加盟の後押しへ「平和と軍縮教育」の重要性を前文に記す。非保有国政府やNGOの関係者の間で原爆の非人道性への理解が深まり、条約につながった一方、各国市民レベルでの関心はまだまだ。欧米や中韓の主要紙の条約採択時の記事は、日本各紙に比べて扱いが小さく、ゼロの紙面も目立った。

 被爆国日本の政府は、核兵器廃絶につながる軍縮・不拡散教育の推進を各国に働き掛けてはきた。しかし、禁止条約への署名を拒み、今後、国際社会で説得力を欠きかねない。広島市立大広島平和研究所の水本和実副所長(核軍縮)は「核を安全保障の手段に『良いもの』として禁止条約に反対する保有国や日本などに対し、市民の力で核を『悪』と否定する声を高めるのが一層大切になる」と指摘する。

 被爆者の児玉光雄さん(85)=南区=は7年前、ICANに加盟するNGOピースボート(東京)の船旅で各国を巡り、体験を証言した。胃や皮膚などのがんを患ったが、生涯続く放射線の被害が知られていないと痛感した。

 被爆から72年が過ぎた9月、被爆者で増えている骨髄異形成症候群(MDS)と診断された。「非人道性の実態をもっと伝えないといけない」。27日から被爆地広島で相次ぐ国際会議を前に、思いを強めている。(水川恭輔)=「前進のために」編おわり

(2017年11月25日朝刊掲載)

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