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連載・特集

森下洋子 踊り続けて 70年 9月 20年ぶり古里広島公演

 広島市中区出身の世界的なプリマバレリーナ森下洋子(72)は今年、バレエを始めて70年の節目を迎えた。長く第一線で活躍するだけでなく、いまなお全幕を踊る唯一無二の存在だ。理事長・団長として率いる松山バレエ団(東京)は9月23日、広島市中区のJMSアステールプラザで舞踊歴70年記念公演「ロミオとジュリエット」を開く。森下の古里公演は2001年以来、20年ぶり。これまでの歩みをたどり、地元公演への思いを聞いた。(桑原正敏)

バレエ漬け 基本を体に染み込ませる

 「毎日練習して半歩ずつこつこつと積み重ねることでしか表せないものがあるんです」

 70年という年月を、森下はぴんと伸びた背筋と穏やかな表情で捉えた。  バレエを含む舞台芸術は、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大で発表の場を制限された。松山バレエ団も昨年、国の緊急事態宣言で公演の中止や延期が相次いだ。

 それでも立ち止まることなく、バレエ漬けの日々を送る。「基本を繰り返して体に染み込ませる。一日一日を大切にしながら体と心を整える。表現はそこから出てくるから」。今夏の東京と大阪、9月の広島の各公演を見据え、団員との稽古に熱が入る。

 「バレエに出合えてとても幸せな人生。やめようと思ったことなんて一度もない」。国内外の指導者からの助言や舞踊家たちとの共演から、刺激を受け続けてきた。「一人では続けられなかった。支えてくれる周りの人たちに感謝の気持ちでいっぱい」と振り返る。

 幼い頃は体が弱く、医師から運動を勧められた。自宅前にある幼稚園のバレエ教室に3歳で通い始めたのが舞踊家人生の第一歩だった。教えてくれたのは広島のバレエ界の草分け、葉室潔。その後、洲和みち子の元に通い、小学6年で上京して橘秋子に師事した。

 20歳で初めて米国へ留学。その後も欧米諸国を巡り、己を磨いた。モナコ留学では名指導者のマリカ・ベゾブラゾバのレッスンを受けた。ベルギーでは振り付けの巨匠モーリス・ベジャールを訪ねた。20世紀を代表する舞踊家のルドルフ・ヌレエフとは、英国のエリザベス女王戴冠25周年記念公演などで共演した。

 「バレエ人生で最大のターニングポイント」と強調するのは、松山バレエ団を創立した松山樹子との出会いだった。

 松山が踊る創作バレエ「白毛女(はくもうじょ)」に感銘を受けて71年に入団。3年後、世界三大コンクールの一つとされるブルガリア・バルナ国際バレエコンクールで日本人初の金賞に輝いた。

 一緒に挑んだ松山の長男清水哲太郎(73)は銅賞を受賞。公私にわたる森下のパートナーとなった。清水は森下について「『受け取る力』がすごい。だから世界の指導者のアドバイスをどんどん自分のものにしてしまう」と語る。総代表として演出・振り付けに回った清水と森下が松山バレエ団をけん引し、国内外の公演を実現してきた。

 バレエとは―。「生きることの喜びを観客に伝える素晴らしい芸術」と森下は語る。これから先の夢を聞くと、やはり「毎日続けていくこと」と即答した。

ヒロシマ重ね「希望伝える舞台に」

 20年ぶりとなる松山バレエ団の広島公演に、森下は「古里で踊る機会をいただけて、とてもうれしい。素晴らしい作品をお見せできるよう団員みんなで準備していく」と力を込める。

 演目はシェークスピア原作の「ロミオとジュリエット」。前回の広島公演でも選んだ作品。ペストに苦しむ中世ヨーロッパに、清水の演出で新型コロナ禍の今を重ねる。反目する両家に生まれた若者が愛し合う姿を描くだけでなく、個人主義の行き過ぎた時代も反映する。

 「人と人とのつながりがテーマ」と森下は説く。悲劇の主人公であるジュリエットが最後まで捨てなかった希望を伝える舞台にしたいと願う。

 森下が生まれたのは米国の原爆投下から3年後の広島市江波(現在の中区)。祖母と母は被爆した。祖母は左半身に大やけどを負ったが、命を永らえた幸せをかみしめ、強く前向きに生き抜いたという。「被爆者の皆さんは一生懸命、生きる希望を持ち続けた。手と手を取り合って前に進むことが、いかに大切か」。祖母たちの姿と今回の演目のテーマを重ね合わせ、感極まった。

 世界各国を公演で訪れた際、「ヒロシマから来た東洋のバレリーナ」と紹介されてきた。「私にはバレエを通じて平和への道を進んでいく大きな使命がある」。その一念も、トーシューズを70年履き続ける原動力となっている。

 ≪森下洋子舞踊歴70年記念 松山バレエ団広島公演「ロミオとジュリエット」≫9月23日午後3時、広島市中区加古町のJMSアステールプラザで開演。広島交響楽団が生演奏する。座席の間隔を空けるなどの新型コロナウイルス感染予防対策を実施する。30日午前10時から入場券を発売する。中国新聞社主催。

 【入場料】S席1万5千円、A席1万3千円、B席9千円※未就学児不可。全席指定
 【入場券販売所】中国新聞社読者広報部、中国新聞販売所(取り寄せ)ほか
 【問い合わせ】中国新聞企画サービス☎082(236)2244。 松山バレエ団

 清水正夫と松山樹子が1948年、東京・青山で創立。古典バレエの上演と現代バレエの創造を両輪に国内外で活動する。創作バレエの代表作に「白毛女(はくもうじょ)」「祇園祭」など。団が運営する松山バレエ学校は全国に支部を持つ。

(2021年7月8日朝刊掲載)

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