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「夢千代日記」の原点 脚本家・故早坂暁さんのエッセー集刊行 原爆で失った妹に思い寄せ

 2017年に88歳で亡くなった脚本家・作家の早坂暁さんのエッセー集「この世の景色」(写真・みずき書林)が刊行された。生前に執筆した35編からは、自身の戦争体験や広島の原爆で失った妹への思いが伝わる。胎内被爆したヒロインを描いた「夢千代日記」など代表作の原点に触れられる。

 早坂さんは1929年、愛媛県生まれ。原爆投下の2週間ほど後、旧海軍兵学校の防府分校から故郷に帰る途中、広島で遺体を焼いた時に出る多数の青いリン光を見る。原爆への恐怖は少年の胸に深く刻まれた。

 原爆は、愛媛の実家から広島を訪れていた妹春子さんの命も奪った。春子さんはもともと捨て子だったが、早坂さんの両親に実の娘として育てられた。早坂さんは、淡い恋心を寄せていた彼女のことを「決して忘れるもんか」と誓う。

 その後、原爆がもたらした悲劇や、それでも懸命に前を向いて生きる人たちの姿をドラマの脚本に描いてきた。親交のあった俳優の渥美清さんに、原爆で両親と妹を失ったテキヤを演じてほしいと持ち掛けたこともある。役名は「ピカドンの辰(たつ)」。背中に彫ったきのこ雲の入れ墨を位牌(いはい)代わりに全国を渡り歩く。

 渥美さんは役に賛同したが、入れ墨は被爆者の気持ちを逆なでするのではとテレビ局が尻込みし、実現しなかった。名俳優は「フーテンの寅」の役を得て、活躍していく。亡くなった春子さんの話を後に聞いた渥美さんは涙をいっぱい浮かべていたという。「ありがとう、渥美ちゃん。あんたの涙は、なによりの春子への供養だったよ」とつづられている。

 被爆者が惨状を描いた絵を陶板にして、広島に設置する活動もけん引した。本書を編さんした妻の富田由起子さん(59)=東京都=は、「早坂の生きざまが誰かにとっての助けになれば」と話している。

 1980円。(森岡恭子)

(2020年1月17日朝刊掲載)

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