■ 2 ■ 道路嫌い 風評で油断 対策後手に |
![]() (02.12.11) | ||||
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だれかれなく、「イノシシは硬いアスファルト道路を嫌がる」と 言うから、広島県音戸町の住民は気を抜いていた。隣の倉橋町との 境は丸々、国道487号が走っている。始終、車も通る。一九九〇 年に隣町で害獣駆除が始まっても、しばらくは音戸町内には影も形 もなかった。 防波堤のはずの国道で九八年ごろ、乗用車やバイクが夜、獣とぶ つかる事故が起き始めた。イノシシだった。ついに、越境が始まっ たのだ。
町役場は慌てた。田畑を守るさくの購入助成を始めたが、遅かっ た。二〇〇〇年、町内のあちこちで畑が襲われた。翌年から箱罠 (わな)を農業委員に貸し出して、駆除を始めた。 国道沿いに住む農業委員の舛田定則さん(70)は昨年夏、罠の狩猟 免許を取った。箱罠を国道の向こう、倉橋町側に据えてある。「そ りゃ、あっちから渡ってくるんじゃけえね」。土地の持ち主も了解 ずみだ。二年目の今年、十六頭も捕れた。「今ごろは、罠もりっぱ な農具なんよ」 ◇ ◇ 町全体では、昨年五十九頭、今年も十月末までに七十二頭が罠に かかった。捕まえた数もやはり、町境に集中し、全体の半分近くを 占める。 倉橋町側の提案で一度、町境を封鎖してしまう抜本策を両町で考 えた。直線距離で二キロほど。高さ二、三メートルの頑丈な金網で 山際を仕切れば、イノシシの越境を食い止められる。山火事を防ぐ のに、防火帯を切るようなつもりだった。 実現はしなかった。「人間の出入りはどうするん」。国道を挟ん だ隣町に田畑を持ち、車で行き来する農家が何軒もある。一千万円 を下らない経費や不在地権者も厄介だった。音戸町の丸沢良治産業 課長(55)は、とどめの言葉を覚えている。「陸(おか)で足止めし とっても、相手は海を渡ってくる」 わが家の田畑だけをさくで囲う。目先の自衛策に追われる間に、 イノシシは隣の畑へ、集落へ、そして隣の島へと、すみかを広げて いった。 ◇ ◇ 倉橋島と橋続きの隣島、東能美島。橋のたもとの大柿町では二〇 〇〇年、田畑の掘り返し跡が見つかった。今年六月からは、駆除の 罠にかかり出した。十月末までに計十六頭、生まれて間もないウリ 坊もいた。とうとう、島内で繁殖が始まった証拠だ。 大柿町浜崎輝行さん(61)は今年、山際の田を一枚、丸々食い荒ら された。「一遍入ったら、毎晩でも来る。ほんま、しつこいんよ ね」 イノシシの越境先に必要なのは、飲み水と餌、ねぐらの三つであ
る。瀬戸内海は冬暖かく、苦手の雪が積もらない。おまけに、すみ
かの山には水気たっぷりの餌が冬も実る。そんな楽園が広がってい
た。瀬戸内特産のミカン畑だ。
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