■ 5 ■ 後味 薬食い 肉食禁忌の例外 |
![]() (03.3.21) | ||
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殺生を戒める仏教観から、肉食がタブーだった江戸時代。実は、 ひそかにイノシシなど獣の狩猟や料理は続いていた。「薬食い、と いうんです。体が温まる、滋養になるからと、言い訳を付けて口に 入れていました」。梅花短大(大阪府)の高正晴子教授(59)=食文 化史=が言う。 例外が、もう一つあった。高正教授が研究を重ねてきた、朝鮮通
信使へのもてなし、である。
徳川幕府の将軍が代わる度、通信使の帆船が瀬戸内海を行き来し た。風や潮待ちに寄る港で、地元の岩国藩や広島藩が一行を接待し た。 「ほら、ここにイノシシと書いてある」。岩国市の郷土史料を収 集する岩国徴古館の館長、宮田伊津美さん(56)が古文書をめくる手 を止めた。岩国藩が朝鮮通信使の好き嫌いを下調べした資料。タイ やアユ、大根やゴボウなど計七十八種類の好物のうち、獣肉では 「いの志し」(イノシシ)が「家猪(かちょ)」(ブタ)に次ぎ、 二番目に挙がっている。
◇ ◇ イノシシは主に、通信使や船乗りたちの航海中の食材として、帆 船に積み込んだ。塩漬けやゆでた肉を、ゴボウやセリ、いりこと煮 て汁にするのが好みだったという。岩国藩では、現在の岩国市柱野 周辺にいたシシ狩り集団にイノシシ肉の調達を頼んだ節がある。 「だけど、通信使をもてなす公式儀礼のおぜんには、イノシシ料 理が見当たらないんですよ」。山口県上関町の主婦井上美登里さん (50)は、海峡を挟む小さな長島を見つめた。長島は岩国藩の接待の 場だった。井上さんは町古文書解読の会の仲間と、通信使に関する 史料を読んでいる。 当時の献立には、瀬戸内自慢の魚料理が並ぶ。「日本の料理人 が、肉をさばくのを嫌がったんですかねえ」というのが、井上さん の推理。 ◇ ◇ 「命を奪う後味の悪さにも、順番みたいなものがあったようです よ」。イノシシ研究者で、浄土真宗の寺に生まれた奈良大の高橋春 成教授(51)=地理学=が、推理に助け船を出してくれた。野菜より 魚介類、魚介より鳥、鳥より獣と、より人間に近いと考える順に、 食材にする後ろめたさを感じていたという。 イノシシには最近、農地を荒らす害獣という見方が強まり、その
生態や行動の解明に期待が集まる。「科学的に研究するあまり、彼
らの命に鈍感になるまい」。寺の副住職でもある高橋教授は、自戒
を込めて語る。
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