島から島へ 今や常識 「本当に、島へ泳いでくるんだろうか」「泳ぐ姿を見てみたい 」。芸予諸島にすむイノシシたちを取材で追いながら、頭からずっ と離れない関心事だった。目撃者を探し、どこからどこへ、なぜ渡 るのか、を尋ね歩いた。イノシシは確かに、海原を泳いで渡ってい た。生態写真や目撃者の証言などを交えて紹介する。 (文・石丸賢、林淳一郎 写真・山本誉)
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![]() 特 集 (02.12.10) | |||||||||||
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◆渡海の事情 ―恋の波路か窮余の策か イノシシが海を泳ぎ渡るのはもう、瀬戸内海の常識と覚悟をした 方がいい。本土から島へ、島から島へ。どの島もいつか、上陸され てしまうかもしれない。
今回の取材でも、芸予諸島を回るうち、泳ぐイノシシを目撃した 十一人から証言を聞いた。そのうち五人は何と、乗る船に引き揚げ たり、上陸先の岸で押さえ込むなどして捕まえ、その重みや感触ま で知っていた。 目撃例には、日中の、それも昼間を中心に明るい時間帯が目立 つ。人間と同じで夜目が利かない弱点が理由のようだ。 イノシシの家畜種であるブタの能力を調べた、近畿中国四国農業 研究センター・鳥獣害研究室(大田市)によると、人間の視力検査 でいえば「〇・〇一七から〇・〇七程度」と悪い。進路も、周りも 見えない、夜の渡海は危険なのだ。 ちなみに、田畑に夜間現れるのは、犬の鼻さえ上回る、鋭いきゅ う覚が利くからだ。作物などは、においでかぎ分ける。 なぜ、海に泳ぎ出すのだろうか。外敵に見つかりやすく、無防備 になるというのに。 手がかりの一つは、目撃の時期だ。晩秋から冬にかけての季節が 多い。十一月十五日に解禁となる猟期(翌年二月十五日まで)と重 なっている。 「猟犬に追われて、逃げ場がないと覚悟したら、海に飛び込むん ですよ」。目撃者の一人、生口島の広島県瀬戸田町に住む会社員岡 田善清さん(61)自身、イノシシ猟の最中に三頭、取り逃がした経験 がある。「向かいの佐木島(三原市)にまっしぐら。船で追っかけ ても間に合わないくらい、泳ぎが速かった」 晩秋から冬場は繁殖期を控え、雄同士の争いが激しくなる時期で もある。「隣の島が数百メートル離れたぐらいなら、雌のにおいを かぎつける」と、「恋の波路」を渡海の理由に挙げる猟師は多い。
◆歴史的経緯 ―段々畑消え絶好のすみか
芸予諸島に「いなかったはず」のイノシシが現れたのは、この二 十年足らずの間だ。文献によると、ずっと以前、江戸時代にもい た。 広島県倉橋町の町史によれば、倉橋島では延享元(一七四四) 年、大がかりなイノシシ狩りに取り組んでいる。現在の音戸、倉橋 両町の境に当たる、くびれた島中央部の延長約二キロメートルを、 竹やシバで築いた高さ約二メートルの猪垣(ししがき)で逃げ道を ふさいだ。同県上蒲刈島の「蒲刈町誌」でも、イノシシが海を時々 渡ってきて、農家が悩む様子に触れている。 では、今から三十年前、四十年前には、なぜ、島々にいなかった のだろうか。 瀬戸内海を空から撮った、昔と今の写真を見比べれば、すぐに分 かる。「耕して天に至る」と形容されるほど、段々畑が島じゅうに 広がっていた当時には、やぶや森がほとんど見えない。たとえ海を 渡っても、イノシシが入り込む、すき間は無かったのだ。 オレンジの輸入自由化(一九九一年)を境に、島の過疎・高齢化
も手伝って、ミカン畑の耕作放棄が進んだ。見放された段々畑は一
年か二年で、雑草にのみ込まれ、山に戻る。残ったミカン畑は、イ
ノシシの餌場になる。島の環境が変わるのにつれ、野生動物のすみ
かは整っていった。
◆島の心構え ―「殺生、嫌ですよ」 広島港の南二十キロ、広島湾に浮かぶ大黒神島(沖美町)。カキ いかだがたゆたう無人島でこの夏、罠(わな)にイノシシが掛かり だした。既に十六頭。町職員は大慌てだ。農家にせっつかれ、泥縄 で仕掛けた罠。捕まえた相手の仕留め方も知らなかった。
町産業建設課の中田新一さん(26)が駆除の担当。島の畑に船で通 う農家から「掛かった」と知らせがあると、後始末に出向く。最初 は罠の中で死ぬのを待った。逃げようと暴れると、罠が傷むと聞か され、最近は渋々、ワイヤで息の根を止める。「そりゃ、殺生は嫌 ですよ。役場の仕事に、こんなのまであるとは思わんかった」 上陸を許してしまった島々は、頭数を減らす駆除と田畑を守る防 御に、てこずっている。まだ侵入されていない島は、戦々恐々とし ている。 岡山県西部の笠岡諸島では、「どの島もイノシシは一頭もいない はず」(笠岡市)という。 山口県の大島も昨年までは安心だった。今年十月、東端の東和町 で大規模農道を歩く二頭が初めて見つかった。町内のだれも、イノ シシ捕獲の経験がない。足取りは山が深い島の西部へと、じわじわ 向かっている。 山が深い―。それは、倉橋島、上蒲刈島、大崎上島と、生息数が 一気に増えた島の共通点だ。 「懸賞金を百万円出してでも、頭数が少ないうちに捕り尽くした
方がいい。もとは、おらんかったんだから」。倉橋町は、イノシシ
退治のこつを尋ねてくる島々の役場に、そう勧めている。
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