中国新聞

イノシシ対策費 中国地方の自治体アンケート

イノシシ対策 つらいよ
―アンケート詳報―

 お金をどれだけ使い、どうやってイノシシ被害を防いでいるのか ―。中国新聞社のアンケートに、中国五県の三百十八市町村すべて から回答が届いた。イノシシ対策予算の各県トップは、中国山地や 瀬戸内海の町村が占め、都市勢を上回った。里へ、町へと近づくイ ノシシの気配に、財政支援や抜本策を国や県に望む声も目立つ。

「猪変(いへん)」

特 集
(03.1.6)


「中国地方の対策費」

 ◆防護

 山口県のトップは人口わずか二千七百人の福栄村。五県全体の予 算ランクでも中国地方で最大の百十万都市広島をしのぎ、4位に入 った。全世帯のほぼ70%が農家。対策費千二百万円の90%は、田畑 を囲う金網フェンスに替わった。味自慢の米やメロン、白菜などを 獣害から守る。 「対策費の県別累計」

 7位の岡山県奈義町も県内トップ。耕地の90%近くを水田が占 め、防護さくの補助金だけで約一千万円を超える予算を組んだ。総 延長二十五キロ、前年度も十八キロのさくを張った。県都鳥取を上 回った10位の岩美町も、約九百万円の予算の60%近くを防護さくの 購入補助に充てている。

 防護さくの補助制度を持たない自治体は、20%足らず。ほとんど は、広島県宮島町や山口県平生町、島根県隠岐諸島の七町村など、 イノシシがいない地域だ。

 自治体の予算とは別に、「中山間地域等直接支払制度」のお金を 防護に使うケースも現れている。集落協定を結んだ広島県蒲刈町の 宮盛地区では五百万円かけ、山と農地の境を延々六キロ、頑丈なさ くで仕切った。

 ◆駆除

◆対策費の県別ランキング (単位は万円)
広島県対策費 山口県対策費 岡山県対策費 島根県対策費 鳥取県対策費
倉橋町1530 福栄村1200 奈義町1098 仁多町1603 岩美町908
呉市1207 美祢市930 中央町838 金城町740 鳥取市779
広島市1126 山口市888 大原町750 広瀬町626 三朝町600
東城町1100 阿東町874 吉井町627 匹見町603 溝口町585
三原市962 田万川町697 落合町539 津和野町564 郡家町459
大崎町892 美東町651 高梁市531 伯太町564 西伯町442
吉田町697 美和町649 美作町456 桜江町550 若桜町409
蒲刈町640 萩市499 佐伯町455 八雲村531 智頭町400
安浦町545 むつみ村483 芳井町444 旭町515 江府町360
東広島市533 須佐町475 建部町424 掛合町500 青谷町348

 五県トップの島根県仁多町は中国山地の米どころ、2位の広島県 倉橋町は瀬戸内海のミカン産地。いずれも、イノシシ対策予算の大 半は、駆除のご褒美の捕獲報奨金が占めている。

 報奨金制度は、ほぼ80%の自治体に定着している。一頭当たり、 三千円から一万円までが相場のようだ。最高額は、平地が多くて猟 が難しい岡山県勝央町の十万円。島根県木次町の六万円、同県瑞穂 町の三万円が続く。

 駆除の道具には、群れごと捕れる、おり型の箱罠(わな)が注目 を集めている。山口、宇部、防府各市も本年度、箱罠の購入費補助 を始めた。

 罠を使う駆除にも、狩猟免許が欠かせない。免許の持ち主を増や そうと、数万円かかる受験費用や免許の登録・更新料を助成する自 治体が増えている。

 二〇〇〇年にイノシシが突然現れた東能美島の広島県大柿町は、 免許取得を取る町民にはかかる費用の全額を補助し、臨戦態勢を固 める。岡山県美作町や島根県金城町は、罠を扱うのに必要な甲種免 許の補助に絞った。農家に、自衛策として勧める狙いだ。

 ほかにも、甲奴町、布野村、沖美町(広島)、川上村(山口)、 哲多町(岡山)、八雲村、吉田村、仁摩町、大和村、瑞穂町、美都 町、津和野町(島根)、鹿野町、福部村(鳥取)などが狩猟免許の 奨励制度を設けている。

 ◆悩み

独自の対策
すみかを減らすため、放任ミカン園の伐採費用を25%補助(因島市)
コメの収穫前、毎日見回りをする専従の機動駆除隊を編成(広島・東城町、島根・匹見町)
すみ分けを考え、山際の農地には飼料作物を植えて、捨て石にする(山口・むつみ村)
農家で増えている甲種免許の取得者向けに狩猟行政講座(宇部市)
わなに獲物がかかったのを電波で知らせる発信機の支給(島根・東出雲町)
降雪時も撤去しなくて済む防止さくを県と試験設置(鳥取・若桜町)

 広島県内で、県や国の財政支援を仰ぐ声が目立つ。「対策費六百 九十七万円のうち、補助金は三十七万円と少ない」(吉田町)「単 独町費が九割」(油木町)。税収は減り、イノシシ被害は逆に増え る。ほかに六町村が負担の重さを嘆き、県が本年度で打ち切る箱罠 の購入費補助の存続を願う声もあった。

 野生動物の駆除と保護―。はざまに立つ担当者のかっとうも深刻 だ。島根県西部のある町では「駆除が一番の解決だと、被害農家は 言う。ところが、動物愛護の観点に立つ人々や肉のおいしい猟期に 捕りたい狩猟者には、駆除は面白くない。町が駆除の許可を出す兼 ね合いがとても微妙」と明かす。

 「西中国山地はクマの生息域。クマが誤ってかかるくくり罠を使 えず、イノシシが増える一因になっている」(戸河内町)。県境を 挟む広島、山口の計十町村が同じ悩みを抱えている。

 逆に、市街地ならではの難題も。広島市に隣り合う海田町は「民 家近くに出没し始めた。発砲は無理だし、罠も子どもやペットの巻 き添えが怖く、仕掛けにくい」。山口、下松両市や島根県の斐川町 や三隅町、八雲村でも、町場にまで縄張りを広げるイノシシの異変 に触れている。

 被害は農作物にとどまらない。「田のあぜや水路をイノシシが掘 り、崩れる被害が起きている。あぜは個人施設で、公費による復旧 が難しい」(島根県大和村)。広島県音戸町では、林道沿いの斜面 が掘られて崩れ、補修の経費がかさむ。

 ◆要望

 生息地が年々広がる一方の広島県の島しょ部では、駆除した死が いの処理に困っている。呉市や大崎、蒲刈両町は「専用の焼却場な ど、処理施設が必要」と国や県の補助を求める。

 おいしいイノシシ肉に注目し、特産化を狙う市町村も増えてい る。広島県倉橋町や島根県美都町は既に、解体・加工施設の整備に 踏み切った。後に続けと、広島県の湯来町や瀬戸田町、岡山県御津 町、島根県広瀬町も食肉化の構想を描く。岡山県落合町は「幼獣の ウリ坊の飼育・展示を含め、観光に生かしたい」と夢を膨らませて いる。

 ■町設民営 肉の解体・販売 ―島根県美都に施設

 島根県美都町は二〇〇一年九月、中国地方で初めて、イノシシの 解体や販売をする町設民営の加工施設をつくった。
 木造平屋建て四十一平方メートル。約五百六十万円をかけ、四百 キロの肉を保管できる冷蔵庫、焼き肉やしゃぶしゃぶ用にスライス する機械なども購入。駆除したイノシシの始末に悩む、中国地方の 自治体から視察が相次ぐ。
 保健所から、イノシシ肉の処理や販売に必要な許可も得ている。  肉の買い手探しが課題という。これまでは、運営を担う美都猟友 会(三十二人)が試しに二十頭を解体しただけ。
 「町内の公営温泉や道の駅などに置けるよう、商品開発を急ぎた い」と町農林商工課の和田至さん(29)。まずは、親しみやすいぼた ん鍋で味を覚えてもらい、新たな特産品づくりにつなごうとしてい る。

アンケートは昨年十月、一斉に郵送。二〇〇二年度のイノシシ対 策予算(九月までの補正額含む)や事業の内訳を聞いた。自由記述 欄も設け、事業をめぐる悩みや課題、国・県への要望などを書いて もらった。

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