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![]() 特 集 (03.4.25) | ||||||||||
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◆ハンター育成や流通ルート開拓
「厄介者のエゾシカも、年間三万頭を食肉として流通できれば、 百五十億円の経済効果が出る、と踏んでいるんですよ」。エゾシカ 協会会長の大泰司(おおたいし)紀之北海道大教授(62)=生態学= は大胆に試算する。精肉をレストランに卸し、ハンバーグや缶詰に も加工する…。決して不可能な数字ではない、と言う。 北海道では、狩猟と駆除で年間七~八万頭のエゾシカを仕留めて いる。そうした獲物を捨てずに、衛生管理の行き届いた解体処理施 設で食肉にして売ろう―。協会が描いてみせた「エゾシカを食卓 へ」の構想は、害獣との摩擦に悩む農家や地域に希望を与えた。 しかし、被害に直面していない都市部からは反発の声も届く。
「野生動物の命を奪うとは、何事か」と。日本では、狩猟はごく一
部の人たちの楽しみとみられている。欧州のように、社交やスポー
ツと考える風潮は弱く、世間の風当たりは厳しい。一九七〇年代に
全国で五十万人いたハンター人口は、既に二十万人を割っている。
![]() 都市住民の反発に、大泰司会長は「獣害をデータで示し、野生動 物と共存できていない実態を、広く知ってもらうのが大切」と受け 止める。増え過ぎた獣をほっておくのではなく、捕獲で頭数を調整 するのは自然保護策の一つ、と説く。 協会は、札幌市近くの当別町に事務局を置く。農協や猟友会、ホ テル、レストランなど二十六の団体会員と研究者や市民など六十人 の個人会員で構成。「保護管理」「被害対策」「有効活用」の三つ の部会に分かれ、ハンターの養成や消費者に対するシカ肉料理のP Rなどに取り組んでいる。 協会の活動はボランティアに近い。活動資金は正会員一万円、賛助会員五千円の年会費頼み。道庁から出る調査費は年間二百~三百万円ど まりだ。 だが、道庁も協会の構想と歩調を合わせつつある。札幌市の中心 部にある道庁十二階の自然環境課。九七年四月に誕生した「エゾシ カ対策係」の看板が掛かる。「エゾシカを単に害獣ととらえず、地 域にもたらす利点を見いださないと、共生の道はありません」。宮 津直倫係長(44)の論旨も明快だった。
エゾシカは明治時代の乱獲で絶滅寸前に追い込まれた。以降は、 数が減ると狩猟を禁じ、増えれば今度は解禁と、無原則に繰り返し てきた。その反省を踏まえ、道庁は初めて、九三年から一年がかり で道内のエゾシカ生息数を調べ、約十二万頭と推計した。 中国地方では、田畑を襲うイノシシの場合は、駆除や狩猟での捕 獲数が分かるだけ。生息数はやぶの中だ。北海道庁は、シカの越冬 地の阿寒国立公園で、木の葉が落ち、雪の白地で見通しやすい三月 にヘリコプターを飛ばし、空から目撃頭数を調べた。夜は車で森や 農地を走り、ライトを照らして数えた。各地の捕獲頭数や農林業被 害などを加味し、全体の頭数をはじいた。 ■ □ □ 調査結果を基に道庁は九八年三月、被害が多い網走、釧路地方を 対象とする「道東地域エゾシカ保護管理計画」を策定。管理地域の 生息数が六万頭を超えれば「大発生」、六千頭を下回れば「絶滅の 恐れがある」という目安を策定した。 「農林業被害が出ない」三万頭まで減らすことを目標に進めてい る駆除と並行し、調査も継続している。「何度でも調査を繰り返 し、エゾシカの実態に迫る必要がある」と宮津さん。道内全域の生 息数は依然増え続けており、現在では約二十万頭と見直している。 駆除や猟で出るエゾシカの食肉流通ルートが整わなければ、資源 活用の理念は実を結ばない。協会が把握している解体処理施設は、 道内に四、五カ所しかない。一カ所で年間に数百頭しか処理でき ず、年間約三万頭を流通に回そうという協会の目標には、足りな い。 「(エゾシカ肉の)衛生的な処理や流通のための環境整備を進め る」 道庁は二〇〇二年三月、改定した保護管理計画で初めて、行政と して「エゾシカの食肉利用」を書き込んだ。手探りで道を切り開い てきたエゾシカ協会にとって、力強いエールだった。 「食」を切り口に、イノシシと同じ害獣のエゾシカを資源ととら
え、地域経済の活力源とする取り組みは今、道庁も加わって、さら
に太い潮流になろうとしている。
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