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![]() 特 集 (03.5.31) | |||||||
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人への危険 恐れる / 海外では成功例も
オホーツク海に臨む観光の町、北海道東部の斜里町。知床国立公園内に残る大正時代の開拓地跡で、町は森林再生を進めている。約九百ヘクタールの跡地は一九七〇年代、民間のリゾート開発に狙われた。危ぶんだ住民が町を巻き込み、二十年かけて買い取った。森では絶滅動物の復元もめざす。シマフクロウ、カワウソなど七種の候補に、オオカミの名前がある。 「樹木だけじゃなく、生態系を丸ごと再現しないと、森がよみがえることになりませんから」。誇らしそうに説明していた町環境保全課の村上隆広さん(33)も、オオカミ復元の話に進むと、口調が少しよどむ。 町はオホーツク海の流氷や千メートル級の山並みなどの自然に恵まれ、年間百八十万人の観光客が訪れる。明治時代に滅び、見慣れないオオカミへの恐怖感が観光産業のあだにならないか、懸念がぬぐえないのだ。牧畜文化の欧州のおとぎ話で育った、若い世代には「オオカミ=悪者」の見方が刷り込まれている。 ◇◇ 一方で、地元では八〇年代から、エゾシカによる農林業被害が目立っている。ナラやニレの苗木を植えたそばから食いちぎる。畑の被害額は二〇〇二年度、町全域で約二千四百万円に上る。天敵のオオカミがエゾシカを減らしてくれれば、金網フェンスの設置や苗木の防護など獣害対策の手間は軽くなる。 町が森林再生の構想作りに委託した、生態学者など専門委員六人がオオカミの復元案を持ち出したのもエゾシカの天敵効果も狙う一石二鳥の提案だった。 観光客の反応が気掛かりな町は「絶滅したオオカミまで、海外から輸入して復活させる必要があるかどうか…。まだ検討段階」と、今は慎重だ。
「オオカミの餌は、イノシシやシカ。天敵の人間を襲う危険は、本能的に冒しませんよ」。東京農工大の丸山直樹教授(60)=野生動物保護学=は、習性への理解を訴える。九三年に日本オオカミ協会(約八百人)を創設し、国内で復元運動を進めている。 「肉食でも小さなキツネやイタチじゃ、シカやイノシシなど大型獣の天敵になれない」と丸山教授。近年の獣害は、オオカミを滅ぼし、森の生態ピラミッドの頂点を崩した結果と映る。 ◇◇ 協会には、オオカミと暮らしている会員もいる。北海道標茶(しべちゃ)町の牧場地帯に住む、英会話講師桑原康生さん(41)。米国アラスカ州に留学し、オオカミのいる大自然に触れた。金網フェンスに囲われた約五千平方メートルの運動場で、モンゴルや米国から輸入した十九頭の遠ぼえが聞こえる。九八年から自宅を開放し、オオカミに親しんでもらう体験学校を開いている。 「オオカミを入れるなら、どんな動物なのか、習性を知ってもらうことから始めないと」と桑原さんは考えた。日本では、いきなり森に放さず、フェンスで山ごと囲ったような管理域での生態調査が必要と踏む。 オオカミ復元の先例が海外にある。四国の半分ほどの面積を誇る、米国北西部のイエローストーン国立公園。開拓時代の一九二〇年代に滅ぼしたオオカミの復活に向け、政府が九〇年代半ば、カナダから三十一頭を輸入した。現在は、約二百五十頭に増えている。増え過ぎていたヘラジカが減るなどの効果が表れだした。人を襲う事故も起きていない。 斜里町の調査では、八八年に町内の面積一キロ四方に二頭だったエゾシカの生息密度が、九六年には十八頭に急増した。「オオカミ導入だけで抑えきれるかどうか…」。丸山教授たちはオオカミ復活に希望をつなぐ一方で、現状を冷静に見つめる。牛など家畜を襲う可能性や人畜被害が起きた時の補償制度など、詰めるべき課題も多い。丸山教授は言う。「獣害の問題は、オオカミ任せじゃあ片付かない。本来の天敵、人間も頑張らないと」
害獣を狩ってくれるオオカミに、日本社会は信仰心さえ抱いた。その名残が岡山県久米町の貴布弥(きふね)神社にある。境内の奥御前(おくみさき)神社は「狼(おおかみ)様」と呼ばれ、今も盗難よけの神としてまつられている。 「農家にとって米や野菜は、オオカミの力を借りてでも守りたいもんですからなぁ」。宮司の柳二郎さん(61)が和紙を差し出した。向き合う二頭のオオカミが刷ってあった。この守り札を竹の棒に挟み、田畑に立てる農家が今もあるという。 年末の大祭で、農家は一年間使い古した守り札を神社に持ち寄る。ここ数年、イノシシ被害に悩む県北部の鏡野町や大原町などから参拝客が増えている。
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