【社説】
「里海」の瀬戸内 工業地帯と向き合え
一時は「瀕死(ひんし)の海」になる懸念が広がった瀬戸内海。環境保全の法規制や関係者の努力で改善は進んだものの、再生への確かな道筋がなかなか見いだせないでいる。このジレンマを克服するため「里海」をキーワードにしようという試みが広がってきた。
自然をそのまま保護するのではなく、人間が適度に手を加えて多様な生態系を利用。環境浄化を期待しつつ、豊かな恵みを得る。すでに定着している里山にならったフレーズだ。沿岸部に三千万人もの人口を抱える瀬戸内海で、かつての豊かな自然を元通りに回復するのは、もはや不可能に近い。「里海としての瀬戸内海」に展望を見いだそうとする姿勢は理解できる。
環境庁や関係自治体と連携して活動を進める研究者らは先日、大分市で里海をテーマにして、フォーラムを開催。水質環境の変化や漁業資源の高付加価値化などをめぐり報告と討論を重ねた。活発な意見交換から、各分野の専門家や地元漁業者の熱意が伝わってきた。ただ、全国ブランドにまで成長した魚介類や海辺で味わえる歴史や文化だけが里海の恵みでいいのか、疑問がぬぐえない。
より幅広い住民が里海という視点を共有し、それを守り生かすには課題が残る。瀬戸内海で古くからの農林水産業をはるかに上回る規模で発達してきた臨海工業とどう向き合うのか。里海の提唱者たちが明確に示していないのが最大の問題だ。
中国地方に限っても、鉄鋼、石油精製、化学や自動車、造船といった臨海部の重厚長大産業が全国に占めるウエートは15―25%に及ぶ。地域経済にも影響力の大きい工業地帯を含めた里海論でなければ、今後の総合利用策も現実味が薄れるのではないか。
臨海工業を取り巻く環境も一変している。工場を沿岸に配置している大手企業などでつくる中国経済連合会と四国経済連合会は二〇〇〇年、瀬戸内海のシンボルだった「白砂青松」の保全と創造を提言した。遊休の工場敷地の有効利用にも柔軟な姿勢を見せている。かつての公害対策で効果を発揮した企業の技術を、藻場の回復や干潟の造成といった環境分野に生かすことを含めて、研究者は経済団体などともっと突っ込んだ論議をすべきだろう。
施行後三十年になる瀬戸内海環境保全特別措置法の改正問題も避けて通れない。従来の埋め立て抑制で新たな工場立地には歯止めがかかったものの、公共の埋め立てはなお続く。全面禁止論を採用するのかどうか、研究者の見識が問われる。
より身近な地域で里海論を具体化することも重要である。同じ瀬戸内海でも、自然海岸の比率や水質の浄化レベルはさまざまだ。環境をテーマにした市民の活動や教育も、地域に一層密着した形で展開したい。
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