2007.05.27
27.  ハワイ先住民と米軍   基地強化 失われる楽園



 ハワイ州の州都ホノルル市中心部から西北へ約十三キロ。坂道を上ると、金網で囲われたフェンスの向こうに大きなパラボラアンテナなどが立つ基地が広がっていた。

 「ここが米軍太平洋司令部だよ。第二次世界大戦後間もない一九四七年にできた米軍最大で最古の統合司令部だ。米西海岸からアフリカ東岸、アラスカから南極まで地球上の半分以上をカバーしている」。曾祖父母が広島県出身の日系四世カヨ・カジヒロさん(44)が言った。基地そばに車を止めて外に出ると、眼下に真珠湾が見下ろせた。

 「ハワイ王朝がアメリカに支配され、後に海軍基地が真珠湾に建設される一九〇〇年までは、この湾は漁業の宝庫だった。でも、第二次大戦、冷戦を経て百年余りたった今は、放射性物質のコバルト60などで海底はひどく汚染されている」。同行のハワイ先住民テリー・ケイコオラニさん(55)は、湾を見つめながら無念そうに言った。

 ■除染必要750カ所

 カジヒロさんは、非暴力・平和主義を貫くアメリカン・フレンズ奉仕団(AFSC)のスタッフとして十年余にわたって米軍基地問題にかかわる。ケイコオラニさんもハワイ大学の学生のころから、ハワイの伝統文化の復権と非核化・非軍事化を求めて市民活動を続けている。

 消防士だった彼女の母方の祖父は四一年十二月七日(現地時間)、日本軍による真珠湾攻撃で爆撃を受け、足などを負傷した。以来、半身不随となり、七三年に七十二歳で亡くなるまで「よくけいれんを起こしていた」と言う。「そのたびに母は祖父の体をマッサージしていた。私も手伝ったものです」と振り返る。

 しかし、ケイコオラニさんにとって祖父の痛ましい姿も、日本人を批判したり責めたりするための「リメンバー・パールハーバー」にはつながらない。

 「真珠湾が攻撃されたのも軍事基地があったから。その上、その攻撃がアメリカ政府にアジアに覇権を求める正当性を与えた。冷戦期を通じて強化されたハワイの基地機能は、自然とともに生きてきた私たちカナカ・マオリ(ハワイの先住民)の生活様式を破壊し、今もイラクなどでの侵略戦争に大きな役割を果たしている」

 一見、きれいに見える真珠湾だが、海軍が除染すべき場所として列挙した数だけでも約七百五十カ所にのぼる。カジヒロさんは「湾の周囲に設置された海軍の施設からは、鉛や水銀など生物の体内で蓄積されていく有毒な重金属物質が放出されてきた。ポリ塩化ビフェニール(PCB)やジェット燃料などもある」と指摘する。

 このほかにも、古くなった化学兵器やナパーム弾を投棄。海底の堆積(たいせき)物からは原子力潜水艦や原子力空母から出たコバルト60などの放射性物質が検出されている。六四年から七八年の間には、約一万八千三百キロリットルの低レベル放射性廃液が投棄されたという。

 真珠湾以外にも、ハワイ沖約九十キロの太平洋には放射性廃棄物を詰めたドラム缶二千百八十九本が海底に捨てられている。

 「軍による海の汚染で一番影響を受けるのはカナカ・マオリとアジア系移民や太平洋諸島からの移民者。漁業で生計を立てている人たちが多いからよ。でも、汚染が拡大するようなことがあれば、ハワイにとって最大の産業である観光業にも悪影響を及ぼすでしょう」とケイコオラニさんは警告する。

 ■希少生物消える

 汚染は海にとどまらない。陸上の演習基地はどこも砲弾に含まれる化学物質で汚染され、多くの不発弾が放置されたままだ。特に最も人口密度の高いオアフ島(約十五万四千六百ヘクタール)では、軍の占有面積が約三万四千七百ヘクタール(22・4%)にも達しており、その影響が最も深刻に表れているという。

 二人の案内でオアフ島の西海岸を一時間半近く走り、ほぼ西端にある陸軍マクア演習場を訪ねた。「危険 実弾演習域」「立ち入り厳禁」の看板が立つ金網の向こうの渓谷は、緑が消え無残な岩肌がむき出しになっていた。

 「マクアというのはハワイ語で『両親』という意味。前はすぐ海だし、作物をつくる耕作地もあってとても自然に恵まれていた。第二次大戦後は土地が返還されるとの約束で住民たちは立ち退きに応じたのに、いまだに返還されずに演習が続いている」。ケイコオラニさんの言葉を引き取るように、カジヒロさんが付け加えた。

 「マクア渓谷の一帯には四十種以上の絶滅危惧(きぐ)種の植物や生物が生息していた。しかし、過去十年間で二百七十回を超す実弾演習のために、ほとんどすべてが破壊され消えてしまった」

 カナカ・マオリにとって「土地」や「大地」を指す「アイナ」という言葉は、「先祖」をも意味しているのだという。従って土地の破壊は、彼らが大切にしてきた先祖の破壊そのものであった。「軍による土地の占領が続く限り、私たちに平穏はない。精神的な暴力をいつも受けているのと同じこと」とケイコオラニさんは憤る。

 ところが、「ハワイ第二の産業」と呼ばれる軍への経済依存は、二〇〇一年以後、「テロとの戦い」などの名目で増えているのが実情だ。〇三年のハワイ州に配分された連邦政府の軍事関連予算は四十五億ドル(約五千四百億円)と前年より13%も伸びた。

 ■ホームレス急増

ハワイの基地
 1893年、「ハワイ王朝」最後のリリウオカラニ女王が米海軍の力で追放された。女王はその後も独立を守ろうとしたが、米議会は98年に一方的にハワイの併合を議決。1900年から真珠湾に本格的な海軍基地の建設を始めた。第二次世界大戦を契機に、ハワイの軍事拠点としての重要性が飛躍的に増加。厳しい米ソ冷戦下の59年、ハワイが米国50州目の州に認知された際に、米軍が軍事目的のために接収していた土地のうち6分の1を州政府に返還。しかし、すぐに州政府と少額で65年間の「リース」契約を結び、利用を続けている。

 国防総省によると、2004年時点で、ハワイ諸島全体で4つの大きな施設を含め161の軍事施設がある。軍が占有する面積は約9万5600ヘクタール、全面積の5.7%を占める。このうち約4万5400ヘクタールがハワイ王国がかつて治めていた土地とされる。先住民らによる接収された土地の返還運動は、70年代から活発になっている。
 兵士とその家族を合わせた人口も今や、十万人を突破。退職後もそのままハワイに住み着いた退役軍人を合わせると、約二十一万七千人。軍関係者全体でハワイの人口約百二十六万人の17%を占める。一方、カナカ・マオリの人口は約二十四万人、全体の19%にとどまる。

 「結局、ハワイに配分される高い軍事予算は、軍関連の施設増や新たな装備、演習などに使われてきた。その結果、ハワイの自然遺産や伝統文化の破壊は一層進んだ」とカジヒロさんは強調する。さらに基地外に住む軍人の家賃補助は、市場価格に合わせて支給される。このため、家を借りる軍人が増えることで「家賃値上がりの要因にもなっている」というのだ。

 数年前までは、街中でも小さなアパートなら五、六百ドル(約六万―七万二千円)で借りられた。それが今では千ドル(約十二万円)以上。「家賃を払えない人たちがどんどんホームレスになっている。六千人余りといわれているけれど、そのうち半数以上はカナカ・マオリなの」とケイコオラニさんは、ハワイ先住民の厳しい現実を口にする。

 ホームレスたちの様子は、マクア演習場へ向かう車中からも目撃できた。地平線までさえぎるもののない大海原。大きな波が打ち寄せる浜辺。その浜辺に近い平地に、テントや小屋が点在する。中には車中で暮らす人々も見かけた。その光景は、どう見ても観光地ハワイのイメージとはほど遠い。

 マクア演習場からホノルルへの帰途、演習場とワイアナエ村の中間にある浜辺に停車し、居住者に話を聞いてみた。テント住まいの中年男性は週四日、バスで約二時間かけてホノルルへ仕事に出かけ、スーパーマーケットの臨時店員として働いているという。

 「ほとんどのホームレスは仕事を持っている。でも、安い給料では食べていくのがやっと。とても千ドルも出して家賃は払えない」とケイコオラニさん。彼女によると、カナカ・マオリの約30%は年収四千ドル(四十八万円)以下、高校中退者は約33%、大卒者はわずか5%しかいないという。

 特に先住民が大多数を占めるワイアナエ地区では、軍が三分の一の土地を占有。同地区では外部から来たホームレスの問題とは別に、ハワイでも最悪の経済・社会、そして健康問題を抱えている。貧しさ故の犯罪や、軍に入隊する若者も多い。

 ケイコオラニさんとカジヒロさんは、ハワイでの軍備縮小や汚染を取り除いた上での先住民への土地の返還、軍依存に代わる経済政策の確立などを求めて活動を続けてきた。これからは、ハワイと同じように大きな米軍基地を抱えている沖縄や韓国、グアム、プエルトリコなどの住民との連携も強めながら、その実現を図っていくという。

 一八九八年のハワイ併合以来、ハワイを重要軍事拠点と位置づけてきたアメリカ政府。それだけにカジヒロさんらの願いを実現させるのは決して容易ではないだろう。その点について触れると、二人から異口同音にこんな答えが返ってきた。

 「軍事優先思想が戦争を引き起こす根源。自然と共生して生きるカナカ・マオリの伝統的な価値観の中にこそ、平和なハワイの未来と世界の未来が託されている」と。

 ハワイを訪れる多くの日本人観光客。ケイコオラニさんは、ツアー客の目的が「太平洋の楽園」を楽しむことであることを十分承知しながら「北米の先住民のように土地を奪われ、抑圧されてきたカナカ・マオリの現状にも思いをはせてもらえれば…」と願う。


米軍の軍事拠点として100年以上使われてきた真珠湾。右端に浮かんで見える白い建物は、1941年12月7日の日本軍による奇襲攻撃で撃沈された戦艦をまたぐ形で建てられたアリゾナ記念館。1177人の乗組員が犠牲になった。湾周辺には小型核弾頭の貯蔵庫もあるといわれる(ホノルル市) 「かつては乾燥熱帯林で豊かな植物が茂っていたが、今は汚染されてしまっている」と、陸軍マクア演習場前で話すカヨ・カジヒロさん(マクア村)
テリー・ケイコオラニさん 海岸沿いの平地に暮らすホームレスのハワイ先住民。不法占拠のため州政府によって撤去されることがあるが、再び戻るなどその数は増えているという(ワイアナエ村郊外)

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