2007.06.10
29.  リバモア研究所   核施設で生物兵器実験



 カリフォルニア州リバモア市にあるローレンス・リバモア国立研究所は、なだらかな丘陵地に囲まれた市東部にあった。サンフランシスコから東へ約七十キロ。第二次世界大戦中に誕生したニューメキシコ州のロスアラモス国立研究所に次ぐ、もう一つの米核兵器開発の拠点施設である。米ソ冷戦下の一九五二年、ロスアラモス研究所と競争させる目的で設立された。

 「メーンサイト」と呼ばれる約六平方キロの敷地内には、核兵器やミサイル、レーザー兵器などの研究棟、水爆の核融合に使用されるトリチウム(三重水素)工場、兵器用プルトニウム貯蔵施設などが並ぶ。研究所と住宅街を隔てる道路を抜け、研究所敷地に沿って走ると、やがて見学者用の展示館に行き着く。

 受付に女性一人がいるだけの小さな館内。そこには、研究所が取り組んできた兵器開発の「進歩」を誇示するかのように、さまざまなタイプの核弾頭の模型や写真が展示されていた。

 説明パネルには、研究所で設計された核弾頭が「潜在的敵対国からこの国とその同盟国を守る抑止力として不可欠な役割を果たしてきた」と記す。実戦配備されたこれらの兵器が、他国や人類に「脅威を与え続けている」との視点はみじんもない。使用された際の悲惨な結果について想像しうる手掛かりもない。

 広島型原爆の何倍、何十倍もの破壊力を持つ兵器…。が、ここではこれらの兵器も「抑止力信仰」を強める機能しか果たしていない。

 展示館を出て、リバモア市内にある市民団体「トライバリー・ケアーズ」の事務所を訪ねた。地元の市民六人が八三年に創設して以来、環境汚染など暮らしに身近な問題を取り上げ研究所の監視活動を続けている。今では会員約五千八百人が活動を支える。

 ■建物は完成済み

 創設者の一人で代表のマリリア・ケリーさん(55)に展示館での印象を話すと、彼女は「研究所は核兵器やミサイルの研究開発のほかにも、9・11テロ事件後は、国土安全保障省が進める生物兵器などに関する研究にも力を注いでいる」と憤りを込めて言った。

 ケリーさんによると、リバモア研究所は三つの新しい生物研究施設の設置をもくろんでいるという。うち二つは「メーンサイト」で、もう一つはそこからさらに東へ約二十キロ離れた「サイト300」という同研究所付属の施設である。

 最初の計画は、米中枢同時テロ事件があった翌年の二〇〇二年に明るみに。約百四十平方メートルの建物内で、炭疽(たんそ)菌やペスト、Q熱など極めて危険な菌を一度に百匹の小動物に噴霧する実験をしようというものである。「人などを守るための生物安全防護レベル(BSL)でいうと『3』。深刻な病気や死を誘引する病原菌を使うということよ」とケリーさん。

 トライバリー・ケアーズは〇三年八月、もう一つの市民団体と共同で「地震や事故に対する安全性が不十分」と、エネルギー省を相手に連邦地裁に提訴。地裁は同省と研究所に、テロに遭った際の環境に与える危険分析データを提出するように要求しているが、まだ提出されていない。このため判決が出るまでは、活動は休止状態である。

 しかし、建物はすでに敷地内に完成済み。現実に研究が始まると、一カ月に約六十回は危険な病原菌を積んだ車が出入りするという。さらに「研究者たちは遺伝子を組み換えた生物兵器をつくろうと計画している」というのだ。

 二つ目の施設は〇四年に「生物兵器防衛知識センター」の名で研究が開始されている。国土安全保障省に生物兵器についての情報を提供したり、ゲノム(全遺伝情報)についての研究を進めたりしている。

 最後の「サイト300」での案は、〇六年春に持ち上がった。国土安全保障省の候補地探しに研究所が名乗りを上げた。丘陵地にある同サイトの広さは約三十平方キロ。高火薬爆発や核兵器部品の実験場として五五年に造られ、今も実験が続けられている。

 計画によると、約四万五千平方メートルの巨大な建物に生物安全防護レベル「3」と、最高の安全性が求められる「4」を設置。後者では治療法が見つかっていない最も危険なエボラウイルスなどを使って牛や羊、豚を対象に実験を実施するという。

 「サイト300の敷地は、これまでの実験で劣化ウランや鉛など放射性物質や重金属物質で土壌や地下水がひどく汚染されている。汚染除去もしないで新たに危険な施設をつくるなんて、とても容認できない」とケリーさんは語気を強めた。

 ■条約抵触の恐れ

 近くには人口約八万人のトレーシー市があり、宅地開発でサイトの約一・六キロまで住宅が迫っている。半径百キロ内には、人口八万人のリバモア、八十万人のサンフランシスコをはじめ約八百万人が居住する。しかも、カリフォルニア州の農業の中心地帯でもある。病原菌が施設外に流れ出すような事故が起きれば、甚大な被害は免れない。

 「当局は家畜や農作物を守るための生物研究施設のように言っている。でも、炭疽菌やペスト菌を使った研究は、これまでも生物兵器として考えられてきた。機密の核兵器と同じ研究所の敷地内で細菌研究をすること自体、新たな生物兵器を開発しているとみなされても仕方がない。アメリカも署名している生物兵器禁止条約にも抵触する」

 ケリーさんらはこの計画を阻止するために、トレーシーやリバモア市民をはじめ、全米から反対署名を集めている。仮に決定が下っても、当局に公聴会の開催を迫り、環境対策など厳しく問いつめていくつもりだ。

 リバモア研究所は新たな生物研究のほかに、兵器用プルトニウムの貯蔵量を従来の二倍の約千四百キロに増加する計画である。小型原爆二百五十個分に相当する。

 「非常に危険な細菌を扱おうという上に、ごく微量でも体内に取り込めばがんなどの病気を引き起こす猛毒のプルトニウムまで増加しようという。事故の可能性があり、テロリストの標的にもなりやすい」。保管場所から道路を隔てたケリーさんの自宅まではわずか四百メートル。彼女はその危険をひしひしと感じていた。

 プルトニウムを増やす背景には、エネルギー省と核関連施設などが進める「信頼性のある代替核弾頭(RRW)」計画、すなわち新型核製造計画と密接につながっている、とケリーさんはみる。ロスアラモス研究所と設計を競っているが、最初の潜水艦発射型核弾頭については今年三月、リバモア研究所の案が採用された。

 RRW計画は「核拡散につながるだけ」「税金の浪費」と反対している議員は少なくない。核開発にかつて携わった多くの専門家も反対している。ケリーさんたちはそこに希望を見いだしながら、ニューメキシコ州の住民らと協力して連邦議会に働きかけ、予算カットを求めている。

 リバモア研究所とロスアラモス研究所は、これまで州立カリフォルニア大学が名目上の管理・運営に当たってきた。同大学が第二次世界大戦中のマンハッタン計画で、大きな役割を果たした歴史をくんでのことである。しかし、ずさんな管理などが問題となり、エネルギー省は入札制度を導入。ロスアラモス研究所に続いて〇六年、リバモア研究所にも適応した。

 ■利潤追求の側面

ローレンス・リバモア
国立研究所の環境汚染
 核兵器開発が始まった1952年から今日に至るまで、研究所は大量の放射性物質や化学物質を利用。その一部はずさんな環境対策により大気や土壌、地下水を汚染してきた。米エネルギー省の環境評価資料では、研究所の「影響を受けている地域」を「半径50マイル(80キロ)」としている。居住人口は700万人以上である。

 連邦環境保護局はリバモア研究所の「メーンサイト」と、55年から使われている「サイト300」の両敷地を、最も汚染された区域を意味する「スーパーファンド・サイト」に指定。特に化学溶剤や鉛などで地下水が汚染された「サイト300」と周辺では、緊急に汚染除去作業をしなければ「100人に1人ががんを発症する可能性がある」と推定している。また、従業員が作業中に放射線被曝(ひばく)をしたり、ベリリウムなどの重金属物質を体内に取り込んだりして発病し、死亡したケースも目立つ。従業員や元従業員、遺族らが補償を求めて研究所を提訴した数は、これまでに1000件を超えている。
 トライバリー・ケアーズは「この機会に」と、地元の風力発電企業など四団体と協力。同研究所を「五年以内に世界トップクラスの市民科学センターに移行させる」との基本計画を提示して昨年十月、エネルギー省に入札を申し入れた。

 「私たちは国内外ともに社会的ニーズの高い持続可能なエネルギー開発、地球温暖化への対応、汚染された環境の除去技術の開発を柱にしたの。こうした研究こそが国の真の安全保障につながり、従業員や住民も安心して住めるからよ」

 ケリーさんらの予測通り、エネルギー省は「戦略的計画に合わない」として、一方的に入札から除外したという。が、その内容は地元紙などで大きく取り上げられた。「核兵器研究所が人類のための研究所に変わり得るのだということを多くの市民に分かってもらえたと思う」と笑う。

 入札結果は五月初め、カリフォルニア大学と核関連産業や戦争などで大きな利益を上げているベクテル社の共同体に決まった。ロスアラモス研究所と同じ結果である。つまり両研究所は今後、「利潤追求」という側面も併せ持ちながら、核開発などを続けていくということである。

 「われわれの言う通りにしなさい。でも、われわれのやることをするな」。二つの核施設を見れば、ブッシュ政権の一国至上主義的政策が続くことは明らかである。


今もなお活発に核兵器開発などが行われているローレンス・リバモア国立研究所。ロスアラモス国立研究所に比べ、約18分の1の狭い敷地に多くの建物が立つ。手前の白い施設には化学物質や低レベルの放射性廃棄物が保管されている(リバモア市)
ローレンス・リバモア国立研究所の見学者向け展示館に展示
されている複数目標弾頭(MIRV)W62型核弾頭。半世
紀におよぶ科学技術の革新が強調されている(リバモア市)
マリリア・ケリーさん

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