たる募金半年 広島新球場建設へ
コイ心 一直線

新しい球場を造ろう―。

広島市、広島県を中心としたファンの思いは地道に積み重なっている。
老朽化した広島市民球場(中区)に替わる新球場建設の機運を盛り上げる「たる募金」が始まって、十九日で半年となった。
募金期間の折り返しで、額も目標一億円の半分を超えた。
百億円を超える建設費からすれば、ささやかかもしれない。
だが、広島東洋カープや、広島という地域に注ぐ情熱の「受け皿」になってきた。
夢がかなう日を信じて、家族、職場、地域へと草の根のように広がる募金の風景をつづる。





オールドファン 思い熱く

デイサービスセンター「なごやか」(広島市)


 広島市民球場から南へ約一・五キロ。ビル一階にあるデイサービスセンター「なごやか住吉町」の入り口に、一円玉や五円玉がぎっしり詰まったアクリルケースが光る。八十―九十歳代の利用者たちが、こつこつとためてきた「たる募金」だ。
 「もう何度も入れたよ」。週四回通う竹下カネコさん(88)が相好を崩す。募金箱を見ると、孫のような選手たちが古い球場で頑張る姿が思い浮かぶ。新球場で存分にプレーさせてやりたいと、利用料のおつりをつい箱に入れてしまうという。
 四十人の利用者は、広島市都心部に住む根っからのカープファンばかりだ。誰かが新聞を開けば、前日の戦いぶりで話が弾む。デーゲームのテレビ中継には、食い入るような視線が集まる。
 足腰が弱り、急な階段の上り下りを強いる市民球場に通うのは難しい。「たる募金」が始まっても、そうやすやすと募金場所には行かれない。
 そうしたお年寄りの気持ちを受け止めようと、施設長の池田貴実さん(44)が募金箱を置いた。「カープが誕生してもう五十五年。当時からのオールドファンは今も、熱い気持ちで応援していますよ」
 球場建設論議のもたつきに、「生きとるうちに新球場は見られんじゃろうよ」と竹下さん。冗談めかして言いながらも、お年寄りや車いすでも通いやすい新球場でカープを応援する夢を、今日も募金箱に託す。

【写真説明】「もう一度、球場で応援したいねえ」。竹下さん(左から3人目)や池田さん(同2人目)は、いつもカープの話題で盛り上がる

島の心意気アピール

因島応援団長の酒井さん


生活に、赤ヘルが溶け込む。新聞受けには応援ステッカー、床の間の掛け軸はコイの滝のぼり。年明けから、募金用の酒だるを玄関脇に置く。「選手に、いい球場で試合をさせてやりたい」。カープ因島応援団長の会社員酒井俊広さん(60)=因島市土生町=は、そう願ってやまない。
 一月九日、消防出初め式の会場で、たる募金デビュー。その後も、とんど祭りや太鼓公演など計五会場に出かけ、三十数万円が寄せられた。「造船がよかった昭和四十年代、因島でもカープのオープン戦がありファンは多いんよ」。その昔、カープの名を冠した少年野球チームもあった。
 初優勝の一九七五年に応援団を結成。年数回、百人余りで広島に応援ツアーに出かけたこともある。「島のファンの心意気をアピールしよう」。市役所で借りた水軍武者のよろいを着込み、大漁旗を染める店に特注したカープ応援旗を振った。
 今年、地元開幕戦を含め二試合観戦したがともに完敗。「三度目の正直」を願い、六月三日にしまなみ球場(尾道市)であるオリックス戦に、たるを持って出かける。「わしも頑張るけえ、選手も頑張ってほしいね」


【写真説明】愛着のある応援コスチュームに身を包んだ酒井さん

設置20ヵ所 学生も応援

首都圏にも広がる輪


 首都圏では、東京広島県人会を中心に、中国地方出身者、広島カープファンたちが「たる募金」後半に向けて盛り上げを図っている。新たに募金箱設置を申し出る若手実業家や、募金を始める大学生グループも現れた。
 県人会は十七日、都内で開いた役員会に、応援歌「Red」を作詞、作曲したミュージシャン石田匠さん(32)=広島市佐伯区出身=を招待。石田さんは熱唱後、サインの求めに笑顔で応じ、会場に並べたCD百枚は売り切れた。
 CDを購入した森口康志さん(39)=広島市中区出身=と新井正さん(39)=広島県世羅町出身=はそれぞれ、都内で広島風お好み焼き店やカフェを経営。二人は「力になりたい」と口をそろえ、募金箱設置を約束をした。これで首都圏での設置は二十カ所になる。
 さらに、筑波大(茨城県つくば市)の学生でつくる広島県人会も、宿舎祭(二十七、二十八日)での募金を決め、準備に入った。


【写真説明】東京広島県人会の役員会に招かれ、たる募金応援歌の「Red」を熱唱する石田さん(東京・千代田区)

常連に愛される「原点」

広島市民球場


 広島市民球場で広島東洋カープの公式戦がある日は、正面玄関に四斗だるが置かれる。入場者低迷に悩むカープだが、たるには一試合平均約四万五千円が入る。ファンに愛されている募金場所の一つだろう。
 たるは試合開始時刻の二時間前から、七回終了まで置く。一円玉の詰まったペットボトルを持ってくる子ども、小銭いっぱいのレジ袋を二つも三つも抱えたおばさん、募金風景を記念撮影する家族連れ…。
 「三連戦の中日には結構重たいですよ」と、たるの運搬、管理にあたる警備会社ニットーの豊田雄司さん(30)。「大半が常連さん。来られるたびに募金される『定額型』じゃないですか。たる募金の原点ですね」。同じカープファンの立場で、見守っている。


【写真説明】広島市民球場の正面に置いた四斗だるに、お金を入れる家族連れ。カープの試合のたびに登場する(18日)

転勤しても声援は続く

 ☆…神奈川県相模原市に引っ越したばかりの会社員今井太郎さん(30)はゴールデンウイークの朝、広島市中区の中国新聞社の受付にディズニーのお菓子の缶を託した。中には、夫婦や職場で集めた約五千二百円が入っていた。
 安佐南区に住んでいた今井さんは昨年、市民球場での観戦に突如「はまった」。右翼席の立ったり座ったりのスクワットスタイルの応援。「何とも雰囲気が良かった」。親に連れられ年に一、二度行く子どもが、ユニホームを着て通い詰める大人に変身した。
 三月に転勤の内示。「野球が見られなくなる」と本心で迷ったというが、関東の球場で左翼席から声援しようと思い直した。「新球場ができるころ、広島支店に戻りますから」





山本監督同級生も奮闘

 ☆…地域のスポーツ愛好者で、募金に協力しよう―。広島市佐伯区の美鈴が丘学区体育協会(松本貢会長)は三月から、主催する大会の会場に二斗だるを置いている。
 カープの山本浩二監督と、廿日市高時代にクラスメートだった事務局長の二井賢治さん(58)が提案した。「球場が新しくなれば観客が増える。球団の収入が増えればいい選手が集まり、浩二が活躍したころの強いカープが復活する」。そう信じる。
 これまでに、体協の納会などで五万円余りを集めた。六月以降は、バレーボール、ソフトボールの大会や町内運動会など月一回程度、たるを置く予定。「新球場完成まで取り組みたい」と張り切る。


 



TOP