あす広島被爆55周年

'00/8/5

 広島はあす六日、被爆五十五周年の「原爆の日」を迎える。「核 の世紀」と言われた二十世紀。結局、核兵器廃絶にはっきりとした 道筋を見出せないまま、間もなく新たな世紀を刻む。高齢化に伴っ て病弱化が進み一人、また一人と減っていく被爆者たち。「核兵器 なき二十一世紀」を可能にする国際世論をつくるため、被爆者の思 いを後に続く人たちがどう共有できるか。被爆地の役割は一層重み を増す。
(栃薮啓太)

 全国の被爆者は三月末現在、二十九万七千六百十三人。一九八一 年三月をピークに減り続け、三十万人を割り込んだ。広島市内には 九万百八十四人(男性三万四千九百八十六人、女性五万五千百九十 八人)。平均年齢は六九・四歳で、前年より〇・七歳上がった。

 世紀末のこの一年も広島は核をめぐるさまざまなニュースに心を 痛めた。昨年九月末、茨城県東海村で起きた国内初の臨界事故は二 人の命を奪い、計四百三十九人が被曝(ばく)する惨事となった。 被爆国でありながら、核についての教訓が空洞化しつつある現実が 突きつけられた。

 国外でも、冷戦構造が崩壊して久しいというのに米上院は包括的 核実験禁止条約(CTBT)の批准決議を否決。米国は臨界前核実 験をこの一年間に四度繰り返した。核抑止力に頼ろうとする政治が なお幅を利かす。インド、パキスタンによるさらなる核実験の不安 も消えない。

 沖縄での主要国首脳会議(サミット)に併せて広島、長崎両市が 沖縄県で開いた原爆展にも、各国首脳は訪問のそぶりすら見せなか た。原爆の人道的悲惨さを世界の政策決定者に知ってもらうという 大きな宿題も抱えたまま、広島は新たな世紀に入る。

 五月の核拡散防止条約(NPT)の再検討会議では、実現時期は 明示されなかったものの、初めて核保有国も一致して核兵器完全廃 絶の「明確な約束」をうたった最終文書が採択された。どう実 行を求めていくか、ここでも被爆地広島は課題を負った。

 秋葉忠利広島市長は平和宣言で、核兵器に代表される戦争や環境 破壊などを生み出した科学技術と人類との「和解」を創出する都市 を目指す、と表明する。原爆投下の加害被害の恩讐(おんしゅう) を超え、核兵器廃絶に向けて全人類的課題にまで昇華した広島こ そ、「モデル都市」にふさわしく、市民もその具体化へ役割が問わ れる。

【写真説明】今世紀最後となる平和記念式典の準備がほぼ整った平和記念公園(4日、広島市中区)


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