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原発事故20年 チェルノブイリに暮らす > 連載 > ヒロシマの息吹
ヒロシマの息吹
赤ひげと研究 被爆地への還元に執念 ('06/4/11)

 「とにかく今日中に、患者さんの細胞を見終えんといけんのよ」。ベラルーシ西端にあるブレスト市の地域内分泌センター。甲状腺の検診を終えた広島市の開業医、武市宣雄(61)が、顕微鏡室でまくし立てた。いつにも増して元気だ。

 ▽安心させたい

 「がんの疑いがある患者さんを少しでも早く安心させてあげたいじゃないか」。がんが転移していないことを確認すると、顕微鏡をのぞき込んでいた顔を上げ、屈託のない笑顔を見せる。

 武市が一九九一年にチェルノブイリ原発事故の検診を始めて以来、現地訪問は六十回を超す。今年はベラルーシとウクライナに加え、旧ソ連時代に核実験が繰り返されたセミパラチンスク(カザフスタン)など計五回を予定する。広島のクリニックを留守にする間、支えてくれる医師仲間や、患者の理解があればこそ、できる、という。

 「僕は本当に幸せ者なんよ。うれしいね」。次第に興奮してきたのか、肩をどんどんたたいてくる。「でも広島の患者のためには、『赤ひげ』だけではいけんのよ。だからこうやって研究をしとるの」

 広島大原爆放射線医科学研究所(原医研)に入った六九年以来、一貫して甲状腺の研究、治療に取り組んできた。その経験が、原発事故の影響で子どもに甲状腺がんが多発しているベラルーシの実態をいち早く理解させた。

 初の現地訪問後、小児甲状腺がんの増加や、がん発生の仕組みについて仮説を立て、学会などで発表した。内陸部でのヨード不足の状態を背景に、子どもの甲状腺の成長や血中の甲状腺刺激ホルモン、女性ホルモンとの関係が複合的に影響を及ぼすという持論だ。

 だが、反応は冷ややかだった。広島の研究者も調査に加わった国際原子力機関(IAEA)の九一年報告書が、「甲状腺がんの増加はない」と指摘したのが大きかった。

 世界保健機関(WHO)の報告などから、放射線による甲状腺がんの影響が認知されるのは、しばらくたってのことだ。事故二十年目の今年は、当時の仮説を検診実績から再評価する研究報告書をまとめるという。

 探求心が旺盛で、検診の合間を縫って、現地の研究者にも会いに行く。ただ、自分の考えの正しさを証明するより、もっと大事なことがあるという。ある夜、ホテルの部屋でシャンパンを勧められながら、長年の募る思いを聞いた。

 広島の被爆者の甲状腺細胞を長年見続けるうち、細胞の異常をがんでない部位でも見つけた―という。セミパラチンスクでも同じ現象を発見した。そして、ここチェルノブイリでは、どうなのか。いま懸命に答えを探し求めている。

 ▽究極の夢追う

 「正常部で起きる細胞異常の仕組みを突き止めれば、がんを未然に防ぐことができるのではないか。それが究極の夢なんよ」

 外科医師だった父の重雄(故人)の病院に通って来る被爆者の苦しむ姿を見て育った。自分のクリニックでも、がんで亡くなる被爆者は絶えない。自分の研究成果を被爆地で還元したい。世界のどこで起きるかもしれない放射線事故の被害者のためにも。医療現場での「無念」の積み重ねが、被災者支援の旅へと突き動かす。

 「首都ミンスクに行ったら、いろんな研究者に最新データをもらいに行こうね」。慌ただしい旅がしばらく続きそうだ。その姿はとことん純粋で、憎めない。〈敬称略〉(滝川裕樹、写真も)

【写真説明】甲状腺がんの転移が見られないことを確認し、喜び合う武市(右)と現地の患者


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