中国新聞社
2011ヒロシマ
'11/8/5
【天風録】被爆電車の裏方さん

快適な最新型もいいが、古い車両には心安らぐ風情がある。広島の顔、路面電車だ。お年寄りや子ども、外国人観光客を乗せ、かげろうの立つ街を今日も行く▲「波打ったレールを飛びこえ なぞって/僕はあなたを探しに行く」。広島市の御庄博実さんの詩の一節である。詩人は66年前の8月8日、市内へ入った。家族の行方を捜す人々にとって、焼け野原に残った鉄路は格好の道しるべとなったに違いない▲ひん曲がったレールに槌(つち)振り下ろす作業員たちが、御庄さんの目にも映ったはずだ。軌道をまっすぐにし、架線を張り直す。傷ついた身を押して加わった人もいたという。翌9日。被爆のわずか3日後に、がれきの街を一番電車が駆けた▲復旧に汗を流した作業員たちの労苦が今夏、芝居になる。「路面軌道の灯」と題し、舟入高演劇部の元部員たちが市内で上演する。シナリオを書いたのは元校長の伊藤隆弘さん。当時の広島電鉄社員らに聞き取り、裏方に光を当てた▲モーターがうなり、線路がきしむ。希望の音をガタゴト奏でながら進む姿が、被爆者をどれだけ勇気づけたことか。劇中、走りだした電車の中で乗客がつぶやく。「広島はどっこい、全滅しちゃおらんで」。すっかり復興した街を、あの日を知る2両が現役で走っている。

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