中国新聞社


99/5/11

ヒロシマの記録−平和都市法50年  廃虚からの再建




「平和都市法」50歳

ヒロシマ復興支えた礎

緑の街並み 息づく精神

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平和都市法の成立を受け「平和の象徴 郷土の建設」をスローガンに、住民投票を呼び掛ける広島市のトラック宣伝隊(1949年7月4日)
 原爆で廃虚と化した広島の復興の礎になった平和記念都市建設法が成立し、十一日で五十年を迎えた。略称「平和都市法」は七条からなり、第一条に「恒久の平和を誠実に実現する理想の象徴として、広島市を平和記念都市として建設することを目的とする」と、今に続く被爆都市の責務を高らかにうたっている。

 平和都市法は一九四九(昭和二十四)年五月十一日、前日の衆院可決を受けて参院で即日可決され、長崎国際文化都市建設法と同時に成立した。新憲法の下、地方自治体に適用される特別法として七月七日、住民投票にかけられ、有権者十二万千四百三十七人の六五パーセントが投票し、賛成九一パーセントを得て八月六日公布された。

 この法律の制定で、広島市の戦災復興補助金は五〇年度から増額され、平和記念公園や平和大通りの整備を中心に、五カ年で九億二千万円の助成を得た。このほか、旧軍用地の国有地は計十九件三十四ヘクタールが無償譲渡され、広島市民病院の建設などに生かされた。

 国有地の無償譲渡は六七年、市立基町高の用地で終わり、国の特別助成は途切れた。しかし、市の街路や公園、下水道整備は今も「平和記念都市建設事業」の名称で続けられ、国会報告が義務付けられている。

 広島市は平和都市法五十年を記念し、七月七日から原爆資料館で企画展「焼け跡に響く子どもたちの声―戦後復興の軌跡」を開く。




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