picture

レイモンド・シャディスさん(中央)の説明を聞きながら、使用 済み核燃料の保管問題について議論する「核汚染に反対する沿岸部 友の会」のメンバー(ニューキャッスル市)

picture

雪で覆われた岸壁でロブスター漁の仕掛けの準備をするマイク・ マッコネルさん(ブースベイ・ハーバー市)

map


[メーンヤンキー原発]

 1972年12月、人口約120万人のメーン州で唯一の原発(加 圧水型・出力86万キロワット)として営業運転を開始。稼働初期か ら緊急炉心冷却機能の不備や安全装置用電気ケーブルの設備不良な ど技術的な問題が指摘されてきた。

 96年9月、原子力規制委員会(NRC)の特別査察で、配管の腐 食や核燃料取り換え機の不良、多数のブレーカーの信頼性欠如など 多くの欠陥が見つかった。メーンヤーンキー原子力発電社は「修理 よりも他から電気を購入する方が安価につく」との判断から、翌年 8月に閉鎖を決定した。

 600人いた従業員は現在65人。解体作業にはこのほか契約企業 関係者ら約300人が働く。

 2004年までの解体経費約5億ドル(約600億円)のうち3億2000万ドル(約384億円)は、原発閉鎖までに電気代の 一部として消費者から徴収済み。残りは免許許可が下りていた08年 まで引き続き徴収を続ける。

中国新聞

Top page放射能用語 BackNext
21世紀核時代 負の遺産
 [31]
 
メーンヤンキー原発

 解体後も募る住民不安 ■ 敷地内に使用済み燃料
 

2004年内の完了を目指して解体作業が進むメーンヤンキー原発(メーン州ウィスカセット市)


使用済み核燃料の保管に使われる高さ約5・4メートル、直径約 3・3メートルの建造中の鉄筋コンクリート製キャスク。内部には さらにスチール容器が使われる(メーンヤンキー原発敷地内)


  カナダと国境を接するアメリカ東部メーン州沿岸部の中ほど、人 口約三千人のウィスカセット市を流れるシープスコット川そばに、 メーンヤンキー原発はひっそりと建っていた。

 まるで地球をかたどったような原子炉建屋。が、内部の原子炉は 一九九六年末に運転を停止したまま、廃炉の道をたどった。

 「二〇〇八年までの運転許可を取っていたので、再稼働の可能性 はむろん探った。でも、いろいろと技術的な問題があってね。修理 するには費用がかかりすぎるので九七年夏に閉鎖を決めた。その後 の解体作業は順調に進んでいる」

 メーンヤンキー原子力発電社のマイク・マイズナー社長(51)は、 敷地内の管理ビル二階社長室で、深々といすに寄りかかりながら言 った。七二年の稼働から二十四年。再稼働の任を負って九七年初頭 に社長に就任したが、今は二〇〇四年中の完全解体を目指して陣頭 指揮を執る。

 「外観からでは分からないが、タービンや蒸気発生機など工場の 主要な部品は取り除いた。問題は高レベルの放射能を持つ原子炉格 納容器の解体と使用済み核燃料の保管だ」

 マイズナーさんによると、これまでに使われた核燃料棒は千四百 三十二本、重量にして約九百トン。そのすべてが原子炉建屋のそばに ある使用済み核燃料保管所のプール内に収められている。だが今年 六月からは、水冷保存されてきた燃料棒は鉄筋コンクリートと内部 が特殊スチールでできた乾式のキャスク(容器)に順次移し変えら れ、屋外の敷地に保管されるという。

 「ひとつのキャスクに二十四本の燃料棒を詰めるので、キャスク は合計六十個になる。このほか、四個のキャスクには強い放射能を 帯びた原子炉容器の内側部分を切り取って入れるつもりだ」
 


 キャスクの安全性は大丈夫なのか? そう尋ねるとマイズナーさ んは「これまでに十分試験をしているし、原子力規制委員会(NR C)も承認済みだ。安全性には自信を持っている」と強い調子で言 った。

 「しかし何の遮蔽物(しゃへいぶつ)もなく、屋外に保管するのはテロ行 為を含め危険すぎるのでは…」

 「遮蔽をしないのは、自然のままで空気冷却をするためだ。核分 裂反応は内部でもちろん起きている。が、燃料棒間のスペースもあ り、臨界に達して暴発するようなことはない。テロ行為には警備を 強化するなど万全の対策を取るつもりだ」

 ここの敷地でいつまで保管するようになるのか? 最後にこう問 い掛けると「それはエネルギー省に聞いてもらいたい」とその理由 を説明した。「実は連邦政府は九八年までに原発から出た使用済み 核燃料を永久処分地に搬入すると約束していた。しかし、それが実現し ていない。今のところ、建設中のネバダ州ヤッカマウンテン処分場がどれだけ早く完成しても二〇二〇年をだいぶ超えることになる …」

 マイズナーさんから一通り説明を受けた後、広報担当者(40)の案 内で放射線区域外の解体現場を視察した。すでにコントロール室の 配電盤やケーブルは取り除かれ、タービン室なども元の姿をとどめ ていない。

 約三・二平方キロの原発敷地のほぼ中央には、高さ三メートル余の土手 に囲まれた使用済み核燃料キャスクの設置場所があった。広さ約二 万五千平方メートル。その基礎はキャスクの重量に耐えるよう鉄筋 コンクリートで強化されている。そばには建造中の一部のキャスク が置かれていた。

 キャスクの安全性に確信を抱く原発当局者。だが、氷点下の続く メーン州の冬場は長く、厳しい。その自然にさらされたまま、これ らのキャスクが今後何十年と屋外に設置されることに不安を覚えず にはおれなかった。
 


 メーンヤンキー原発を訪ねたその夜、ウィスカセットの隣町、ニ ューキャッスル市の法律事務所であった環境団体の「核汚染に反対 する沿岸部友の会」の集いをのぞいた。漁民や教師、医師や主婦ら 約三十人が近辺から参加していた。住民の関心は、もっぱら使用済 み核燃料の保管問題に集中していた。

 「現在保管中のウラン核燃料一本が仮に燃えてセシウム137やプル トニウム239などの放射性物質が大気中に放出されたら、広島型 原爆で放出されたよりもはるかに多い放射線量がまき散らされるこ とになる。それが千四百本以上もあるんだ」

 九五年の会の創設者のひとりで芸術家のレイモンド・シャディス さん(60)は言った。彫刻や絵画制作に取り組む傍ら、七九年のスリ ーマイルアイランド原発事故を契機に、核物理学者らとも交流し原 発の安全性について研究してきた。今ではその知識が買われて原発 のある近隣五州の市民でつくる「核汚染に関するニューイングラン ド連盟」の専門スタッフも務める。

 水冷のプールと乾式のキャスクで保管するのとでは、どちらがよ り安全か?

 参加者からの問いにシャディスさんは歯切れよく答えた。「水中 での保管は、コンクリートの水槽がすでに老朽化して水漏れの心配 などがある。放射性廃液もつくる。一方でキャスクの強度は専門家 によればTNT火薬千ポンド(約四百五十キロ)爆弾で容易に破壊され るという。テロの可能性を考えれば、どちらにしても安全というこ とはない」

 八六年から八年間州議会議員を務めた元看護婦のマライア・ホー ルトさん(74)は、白髪をなで上げながらため息交じりに言った。 「原発稼働の初期のころは煙突などから放射線をいっぱい出して、 白血病や脳腫瘍(のうしゅよう)、乳がん患者ら病人をたくさん生んで きた。原発が閉鎖されても、これでは安心して住めないわね…」
 


 原発からの温排水が注ぎ込んでいたシープスコット川下流のブー スベイ・ハーバー。メーン州の特産であるロブスター漁を営む漁民 は、ハーバー周辺だけで三百人を数える。地元漁民でつくる漁協は 「放射能汚染はメーン州の漁民の暮らしと伝統文化の破壊を意味す る」と、原発敷地内に使用済み核燃料を残すことに数年前から強い 抗議の声を上げてきた。

 「メーン州にとってロブスターは観光資源でもあるんだ。エビや タラ漁などを含め風評被害でも立ったら大変なことになる」。参加 者のひとり、漁民のマイク・マッコネルさん(55)は、ひと際力を込 めて言った。

 住民たちの議論は午後十時近くまで続いた。「警備の徹底」「解 体作業に伴う放射能漏れの防止」―当面は会としてこの二点を会社 と州政府に強く要求することで意見がまとまった。

 翌朝、積雪を見た道路にハンドルを取られながら、ブースベイ・ ハーバーのマッコネルさんらの仕事場を訪ねた。原発から直線距離 にして約十キロ。雪景色につつまれたひなびた漁港に、漁村特有の 強いにおいが漂う。

 作業用の小さな建物内には、水揚げされた数え切れないロブスタ ーが両ヅメにビニールの輪をはめられ、いけすで出荷を待ってい た。

 「ツメで体に傷を付けないためにやっているんだ」。小柄なドナ ルド・ワトンさん(71)が言った。刻まれた額のしわにベテラン漁民 の風格が漂う。九九年に肺がんの手術を受けたという。

 「わしは九五年までは『原発は安全』という当局を信じて原発に は賛成だった。でも原発は閉鎖されても核燃料は残るというし、二 〇〇八年までは電気代に含めて解体費用を取られるという。だまさ れた気持ちよ」

 「同感だね…」。マッコネルさんがそばから言い添えた。

 「ワトンさんの思いは漁民の気持ちを代弁している。最初はだれ も原発に反対していなかった。しかし三十年付き合って『安くてク リーンで安全』と教えられてきた原発神話が本当ではないと分かっ た。更地になっても墓場のように残る使用済み核燃料の存在が動か ぬ現実となって、みんな一層強い危機感を抱き始めた。特に中枢同 時テロ事件後はなおさらね…」

 身近な裏庭に危険な「核の墓場」を望む者はまずいないだろう。 だが、たとえどんなに不安が強くても原発解体が進むメーン州の付 近住民は、少なくとも今後一世代は「核の墓場」との共存を余儀な くされる。

  


Top page放射能用語 BackNext
Negative legacy of nuclear age