The Chugoku Shimbun ONLINE
たゆまず歩む 地域とともに 中国新聞

「再生 安心社会」

Index

Next

Back

第3部 司法の現場で

5.情報

−再発防止へどう開示−

 「元少年が異常な精神状態に逆戻りすることはもはやない。だが立ち直るには社会の理解が不可欠だ」。神戸家裁元判事の井垣康弘弁護士(67)=大阪府豊中市=はこう訴える。一九九七年、神戸市で十四歳の中学生が起こした連続児童殺傷事件の少年審判を担当した。

 小学生の首を校門に放置するなどの陰惨な事件。国民はショックを受け、元少年が入った関東医療少年院(東京都府中市)に「生かして出すな」などの電話がひっきりなしに鳴った。

 元少年は今、二十四歳になった。名前を変えて社会復帰したが、再出発の地は「近畿以外」としか知らされていない。インターネットの掲示板などで「酒鬼薔薇聖斗」の情報が各地で書き込まれ、不安や憎しみが増幅される構図は続く。

 「再犯は本人の心掛けだけでは防げない。多くの人が彼の存在を受け入れなければ、彼は生きる意欲を持てない」

 判事時代、非公開が原則だった審判の決定要旨を養育歴や精神状況にも踏み込んで公表し、昨年二月には事件を振り返る本も出版した。

 「何もかも隠して事件を忘れてくれるのを待つ発想は通用しない」。そんな思いで情報公開を進める。

▽矯正重視を転換

 米国は「メーガン法」を制定、性犯罪者の名前や居住地、写真などを公開している。韓国でも二〇〇一年から子どもに危害を加えた性犯罪者の情報をインターネットで公開。カナダも一部の州が取り入れている。英国は性犯罪で有罪が確定した人物の名前などをリストアップする登録制度を持つ。

 フランスなどでは、出所する受刑者らに衛星利用測位システム(GPS)機能付き腕輪を装着させる。一部性犯罪者に男性ホルモンを抑制する薬物療法を実施する国もある。再犯防止を目的としたこれらの措置は、人権を隅に押しやる危険性をはらむ。

 しかし、常磐大大学院の諸沢英道教授(被害者学)は「性犯罪者の矯正には限界がある。矯正を重視してきた米国は夢に破れ、一九九〇年代に方針転換した」とメーガン法成立の背景を説明する。「日本でも学校や児童館など子どもが集まる場には性犯罪者情報を限定的に伝えるべきだ」と提言する。

▽ケアの機会奪う

 法務省は〇五年六月、一部性犯罪者の出所情報を警察に通知する制度を始めた。だが、居住予定先は自己申告制。実際に住むかどうかは分からず、効果は未知数ともいわれる。

 国士舘大の加藤直隆助教授(刑事法)は「米国では性犯罪歴を持つ人の家が焼き打ちにあったり、家族が嫌がらせを受けたりする報告が相次いでいる」と強調。「メーガン法で住居や雇用、ケアの機会がかえって奪われ、再犯防止につながっていない」という問題点も挙げる。

 井垣弁護士は「少年問題ネットワーク」をつくり、更生の在り方などの議論をネット上で続けている。「犯罪者をさらし者にする情報開示では意味がない。どうやって立ち直り、罪を悔いて償おうとしているのか、社会が彼らを再び受け入れられるよう情報を開示すべきだ」という。  監視のためなのか、更生支援のためなのか。情報開示の流れにあって、その本来の目的や中身をめぐる慎重な議論も求められている。(久行大輝)


メーガン法 1994年、米ニュージャージー州で7歳の女児メーガンちゃんが性犯罪歴のある男に誘拐、殺害された事件を機に96年に制定された。登録される情報は名前、住所、顔写真、犯罪歴、指紋など。全米で50万人以上が公表対象となっている。公開方法は州ごとに異なり、写真、身体の特徴、犯罪歴から使用する車の種類まで公開させたり、自宅に性犯罪をしたことを示す看板を立てさせたりする州もある。

2007.2.1