「孫育てのとき」

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第4部 食の風景

1.貧相 −「おふくろの味」途絶え

煮しめ料理法 主婦の大半が不正解


若い祖父母も伝統知らず

 管理栄養士の近藤フミエさん(57)=広島市佐伯区=は昨年暮れ、佐伯区のPTAの会合で食育について講演した。終了後、控室で関係者と雑談していると、「実はね…」と本音がポロポロ出始めた。

 「うちの子は朝ご飯にポテトチップスを食べて行く」「夕食のおかずは作るより総菜を買う方が安くつくでしょ」。聞けばみんな核家族。驚きを隠しつつ、「コロッケを買ってきた時はキャベツの千切りを添えてね」と指導するしかなかった。

    ◇

 東広島市の女子少年院に二十一年前から毎月訪問し、料理を教え続けている。初めて包丁を持ち、自分の力で作ったギョーザやおはぎを笑顔でほおばる少女たち。非行を重ねてきたとは思えないような素直な笑顔が戻ってくる。「家族が勝手なものを食べる個食、一人で食べる孤食…。愛情のない食が心をむしばんでいなかったか」と祖母の心境で思い悩む。

 朝食抜きの子どものために乳製品を出す学校も現れた。岡山県美咲町では十一日から、八つの小・中学校で登校直後と一時間目の後、希望者にヨーグルトやチーズを提供する。朝食抜きが原因で、落ち着きがなくなったり授業中に歩き回ったりする子どもに対応する苦肉の策だ。

 町教委の調べで、朝食を食べていない子は小学生で16・9%、中学生では21・5%に上った。「ちゃんと食べさせるように頼んでも一部の親には届かなくて…」と森広恒男学校教育課長(49)。現場からは「子どもたちが落ち着き始めた」との声が届いているという。

 親から子、孫へと伝わるはずの「おふくろの味」。しかし特定非営利活動法人(NPO法人)日本食育協会理事で福山平成大の鈴木雅子客員教授(66)=福山市=は「戦後生まれの祖父母は、子に伝えるべき味を持っていない」と指摘する。

 ある日、講演で集まった団塊世代の主婦に煮しめの作り方を聞いてみた。だしの取り方や食材を入れる順番など、正しく答えられた人はごくわずかだった。

 敗戦で価値観が激変する中で育ち、一九六〇年代に始まったフライパン運動(油いため運動)で一気に洋食が普及。ブイヨンやカレー粉の固形化など料理の即席化も始まった。「料理は親より料理学校で習う」という風潮も、和食が廃れた原因だ。「食育は祖父母世代にも必要」と鈴木さん。

    ◇

 広島市西区のフレスタ横川店は四年前、店内にキッチンスタジオを開設した。毎月約三十回の料理教室を通じて、家庭で料理をする魅力をアピールする。二十五日はトンカツやキュウリサラダなど四品を三十分で作るスピード料理を紹介。忙しくて調理に時間がさけない家庭がターゲットで、夜の部には主婦や独身女性ら九人が聴講した。

 しかし同じ時間、店内では仕事帰りの客が次々と総菜を買っていた。「本当は働く人にこそ簡単料理のレシピを届けたいのですが」と、スタジオを運営するおいしさ研究所の池尻悦二マネジャー(52)は残念がる。「休日に子どもと一緒に料理を作るのにも適しているはず。食を通して家庭にだんらんが生まれる活動につなげたい」と模索を続ける。(藤井智康)


 核家族化や生活習慣の変化で、食の伝承が途絶えつつある。六月は「食育月間」。次世代に受け継ぐ食文化とは何か、孫育ての現場から探った。

2006.5.29