「孫育てのとき」

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第4部 食の風景

2.だんらん −アトピーに配慮 工夫の味

調味料に頼らず自然のだし


三世代10人 弾む料理談議

 金曜の夜。広島市安佐北区、内科医師室本哲男さん(56)、けい子さん(53)夫婦の家で食堂に、長女(29)夫婦と四歳と一歳の孫、長男(23)夫婦、二女(27)、三女(19)が集まった。一つ屋根の下で暮らす三世代の三世帯、計十人が週に一、二回は食事をともにする。

 炊き込みご飯、焼き魚、肉じゃが、青菜のあえ物…。食卓からあふれそうなほど皿が並ぶ。肩を寄せ合い、全員で「いただきまーす」。孫の好きな歌「ハッピーバースデー」の合唱が始まったかと思えば、哲夫さんが三女のはしの上げ下ろしを注意し、みんなで練習。そのうち料理の品定めになった。「今日の肉じゃがは水っぽいね」「鍋を揺すって水分を飛ばすのがこつなんよ」

 この日は、鍼灸(しんきゅう)師の長男浩志さんと今年結婚した加恵さん(21)が料理を受け持った。夕方五時から台所に立ち、お米九合を二台の炊飯器にセット。炊き込む具や肉じゃがの下ごしらえ、照り焼きにする魚の味付けに追われた。

 加恵さんは「十人前に必要な食材の量がつかめず味付けも違うので、作るのに二時間はかかってしまう。お母さんがやると二十分ですけど」と苦笑い。義母のけい子さんに味見を頼み、一家の味を受け継ごうと懸命だ。

    ◇

 今どき珍しい一家十人で暮らすのには訳がある。「子ども四人が皆、アトピー性皮膚炎だったんです」とけい子さん。卵や肉、牛乳などがほとんど食べられない。そこで子育ての中で編み出したアレルギー源の除去食メニューが、今では家族全員にとっても、何よりのごちそうになったという。

 グラタンは牛乳代わりにもちアワを使い、卵とじ代わりはもちキビ、タカキビは牛肉ミンチの代用品だ。味付けは調味料に頼らず、いりこや昆布でしっかり取っただしが主体。素材の味を生かそうという強い思いは、まるで職人並みだ。

    ◇

 長女の真理さんは、小学生の時に食べたけい子さんの手作り弁当が忘れられない。アレルギーで給食が食べられない自分のために、級友と同じメニューを毎日お弁当にして持たせてくれた。「豆乳が牛乳の代わりだったけれど、私だけ特別扱いの仲間外れみたいにならなくてうれしかった」

 「四人目の子までアトピーと分かった時、ショックで。食生活を見直す勉強を始め、洋食中心の油っぽい献立や残留農薬の問題などに危機感を持つようになった」と、けい子さんは振り返る。安全な食品を求め歩き、雑穀などは東北地方から取り寄せ、独自の除去食メニューを考え出した。

 そんな経験を生かし、一九九八年、無農薬野菜や雑穀を中心にした弁当を配食する特定非営利活動法人(NPO法人)「よもぎのアトリエ」を設立した。自宅脇の調理場で週六日、スタッフと約百食を作り、昼食を待つ市内全域のお年寄りや食事療法中の糖尿病などの患者に宅配している。

 室本家では今、加恵さんが初産を控えている。けい子さんは十一人目の家族が食卓に加わる日を心待ちにする。「生まれてくる孫にも、安心できる食事と食べる楽しさをぜひ伝えたい」(藤井智康)

2006.5.30