「孫育てのとき」

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第4部 食の風景

3.薄口 −保育所で「舌」つくる

好き嫌い追放 一緒に調理


給食の改革 家庭と連携

 ちゃぶ台におかずやご飯がそろった。この日の献立は、肉じゃが、刻み野菜とじゃこの和風サラダ「千草(ちぐさ)あえ」、かきたま汁。

 三歳未満だけを預かる府中市のまさみ園保育所では、園児が二歳になると「いただきます」の前にちょっとしたお勉強の時間が始まる。

 「肉じゃがの中に入っているニンジンやサラダのキャベツは、元気マンになる元だよ。じゃあ、お肉は何かな? そう、筋肉もりもりのパワーマンだね」。子どもの好きな漫画アンパンマンになぞらえた絵を指しながら、保育士がビタミンやタンパク質を取る意味を教える。

    ◇

 「三つ子の魂百まで、というでしょう。食は生きる土台。食事のバランスを覚えさせたいし、舌もつくってやりたい」。所長の岡本由姫美さん(56)が脇で見守る。おばあちゃん子だった自身も、祖母世代に入った。

 まさみ園保育所は一九六七年、岡本さんの父親が営む織物会社の企業内託児所として開設した。伝統工芸の家具をはじめ、織物や被服の工場も盛んで九州などからの集団就職も多かった。親元を離れた若い労働者の子育て支援が必要だった。

 開園から三年後、東京の保育専修学校を卒業した岡本さんが保育士兼所長として着任する。「あのころ、給食はカロリーが足りていれば十分という見方だった」

 保育現場で経験を積んだ岡本さんは「偏食は性格の偏りやこだわりを生む」「食事はバランスが大事」と思いを強め、給食を見直した。和食中心に変え、一歳児ならタマネギの皮をむかせ、二歳児には食事用ナイフでカレーの材料を切らせ、野菜に親しませた。食べ物を粗末にしないよう、巻きずしバイキングで園児に自分の食べられる量を覚えさせた。

 嫌いなものでも食べる我慢の積み重ねが、園児の言動も落ち着かせていった。順風満帆の改革にはしかし、落とし穴もあった。家庭との連携だ。双方の足並みがそろわなければ尻切れとんぼに終わってしまう。

    ◇

 給食を薄口に変えた四年前、正念場を迎えた。うま味調味料やマヨネーズから、瀬戸内特産のいりこや昆布のだし主体に切り替えた。途端に残飯が増えた。「ある程度は見込んでいたけど予想以上だった」と岡本さん。

 「子どもの好物を三つ挙げて」「家庭でよく出す料理は?」―。保護者アンケートから園児の生活背景が見えてきた。「あえ物や酢の物などは親が苦手で作らず、焼き肉や野菜いためといった手早くできる油っぽい献立が多かった」。伝統の味は途切れていた。

 「核家族の時代に、保育所は祖父母の役割も必要」と考え直した。ドレッシング代わりにかんきつ類を絞るなど工夫を続けるうち、子どもは薄口に慣れていった。参観を毎日受け入れ、親や祖父母を巻き込むうち、理解してくれる家庭が増えていった。

 「家では娘に薄口、私たち親は濃い口の料理を出します。舌はなかなか頑固で」。娘の誕生祝いの手形クッキー作りで園を訪ねた宇根倫子さん(28)が苦笑いする。建設業を営む夫は仕事柄、栄養補給もあって濃い味付けが好みだという。

 「焦らなくてもいいんです」。市社会教育委員でもある岡本さんは言う。「子どもが変われば、親も少しずつ変わる。いったん世代間で流れを切るのが大事。禁煙運動と同じですよ」(石丸賢)

2006.5.31