「孫育てのとき」

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第4部 食の風景

5.忙しい −手を借り知恵も借り

既製品取り入れる柔軟さ


「ほどほど感」が大切

 ヘッドライトのついた車から、スーツ姿の母親が降りてくる。広島市の中心部に近い中区の千田保育園。働く女性のために市内で最も遅い午後十時まで子どもを預かる。閉園の間際まで、お迎えの車の列が続く。

 顔を見せた親に、子どもらは笑顔を返す。安心からだけではない。満腹なのだ。園では午後六時に夕飯を出す。この日は、ゼロ−五歳の園児八十人のうち八割の六十四人が食べた。「保護者の仕事が決算期なんかで忙しい春先は、園児全員が夕食に並ぶ」と川上みどり園長(58)。冷凍食品などを使わない手作り給食には「祖父母の家に預けているような安心感を保護者に持ってもらいたい」との思いがこもる。

 午後八時、印刷会社の営業職田辺真理子さん(38)=東区=が三男の三史郎ちゃん(3)を迎えにきた。「昼と夜の一日二食、お世話になっている」と園に感謝する。小学生の長男(10)と二男(6)も同じ園育ち。「上の子二人は家で今、お茶漬けなどで空腹をしのいでいる。夕食はスーパーの総菜になる日も多いし、この子が一番健康かも」と苦笑する。

    ◇

 乳児も抱えた母親は、離乳食を別に作らねばならない。祖父母世代が持つ暮らしの知恵を指すことわざ「親の意見とナスの花は千に一つも無駄がない」から社名を取った松江市の育児用品メーカー「茄子(なす)の花」は二〇〇一年夏、離乳食の製造・販売を始めた。肉じゃがスープなどを月に約三万パック、全国に出荷している。

 商品開発には地元の農家や食品加工グループのお年寄りにも相談し、「野菜の味を生かす」「手は加えすぎない」昔風の離乳食にした。「基本は手作りでも、忙しくて祖父母も身近にいないなら、既製品も取り入れる柔軟さ、ほどほど感も子育てには必要」と、二児の母でもある石原奈津子社長(33)は言う。

 購入者から「離乳食を作る手本にしている」という感想が多い。「きっと育児書だけでは分からないんだと思う。おばあちゃんの知恵を込めた商品を届け続けたい」

 大竹市立大竹小の泉谷昌子教頭(58)=広島市佐伯区=は四年前、学校栄養職員から管理職になった。全国で二例目、食育の取り組みへの評価だった。同小でも給食に使う野菜を調理する前に教室で児童に見せたり給食の献立を決めさせたり、生きる力の原点でもある「食」への関心を引き出し続ける。

    ◇

 そんな泉谷さんにも最近、はっとする出来事があった。五月のゴールデンウイークに大阪市から里帰りした獣医師の長女(34)と孫娘(3)と食卓を囲んだ時のことだ。孫がご飯とおかずを交互に食べない「ばっかり食べ」をしていたのだ。聞けば、長女は「私も小学時代からの癖で今も時々そうなる」と言う。

 ショックだった。泉谷さんは当時、働き盛りで帰宅後に手料理を夕食に出すのがやっと。「作法や食べ方のしつけにまで気が回らなかったんだろう。まさか、そのつけが孫に回るとは」

 以来、教え子の同小児童七百八十四人の食べる風景に気を配るようになった。食欲がみなぎっているか、よくかんでいるか、はしの持ち方はおかしくないか―。「残さず食べれば問題ないと親は思いがちで、食べ方などの問題をつい見逃してしまう。祖母の心境で児童を見守り、元気に育つ手助けをしたい」と目標を新たにしている。(藤井智康)

第4部おわり

2006.6.2

 子育てに「正解」は無いといわれる通り、孫育ての現場も手探りが続きます。最終の第5部は家庭や地域で、孫世代の心身育成や安全にかかわる祖父母世代を再び追います。「わが家はこんなふうにうまくいっている」など参考になりそうな情報をお寄せください。〒730―8677 中国新聞報道部「孫育てのとき」取材班。Tel082(236)2323。