中国新聞


是正指導10年 広島県教育は今 <3>
道 徳
「心の教育」一転推進


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物語の主人公を児童に演じさせながら進む金江小の道徳の授業

 ▽成果は今も未知数

 もし「弱虫太郎」があなただったら?―。昔話を題材にした教師の問いかけに、二十二人の児童たちが次々と手を挙げた。

 福山市の金江小、四年一組の道徳の授業。普段は気が弱いのに、子どもたちの大切な鳥を殿様の狩りから救った主人公の行動を通し、勇気の意味を考えさせる試みという。

 指名された児童は席を立ち、黒板の前へ。自作の殿様の面を着けた担任の石中美和子教諭(37)に「だめだ、かわいそうだ」と毅然(きぜん)と振る舞ったり、「怖いなあ」と恐る恐る立ちはだかったり。自分なりの太郎を演じた。

 文部科学省の研究指定も受け、金江小の道徳教育は広島県内で有数の推進校とされる。「以前は、このような道徳の授業は考えられなかった」と浜原泉校長(58)。道徳教育を「国に都合のいい価値観の押しつけ」ととらえる向きが強く、それゆえに是正を求められた十年前を振り返る。

 ▽愛国心育成が目的

 一九九八年五月の是正指導。それ以前の県内の公立小中学校の道徳の授業は、多くがテレビの教育番組の感想文を書かせる程度だったという。規定の時間に達していなかったり、時間割で「人権」などと表示したりしている学校もあった。

 学習指導要領の趣旨に基づく適切な指導を―。県教委は国にそう求められた。二〇〇二年度には全国に先駆けて県教委事務局に道徳教育係を設けた。道徳教育の指定校制度も同時スタート。市町単位で道徳教育のリーダーを育成するなど、一転して「心の教育」を推進してきた。

 この間、国も道徳教育を重視し、今年三月告示の新学習指導要領には、道徳教育に力を入れる方針を明記。その目的の一つとして「わが国と郷土」を愛する日本人の育成をうたう。

 こうした県と国の動きに拒否反応を強める教師はいる。しかし、道徳の授業を取り巻く環境が是正指導前に逆戻りする気配はない。

 ▽全国上回る暴力数

 「一方的な授業にならないよう、子どもの個々の考えをどう引き出すかが難しい」。殿様の面を外した石中教諭は、現場での実践の苦労を打ち明けた。

 例えば児童の意見が一方に偏るときは、あえてそれを否定する問いかけをしてみる。「価値観の押しつけ」との批判を意識するからこそ、いろいろな考え方を反映した授業を心掛け、丁寧な準備を欠かさない。

 太郎になって考えた児童たちは「勇気を出して弱い人を守る大切さが分かった」「人の気持ちを考えるようになった」と感想を話した。「社会で生きていくうえで最低限、教えなければならない価値観はある」。石中教諭は意を強くする。

 一方、県内の公立小中高校で〇六年度、児童、生徒千人当たりの暴力行為の発生件数は三・七件と、全国平均の三・一件を上回った。心の成長を測る明確な物差しはない。だが、こうしたデータを見る限り、県教委が進めてきた「心の教育」の成果は読み取りにくい。十年前の方向転換は今なお、その意味を問われ続けている。(永山啓一)

(2008.5.22)


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