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たゆまず歩む 地域とともに 中国新聞

「いいお産 考」

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 第1部 産む人たちの思い

1.身近な地域で
− 島に山に募る不安 −

家族と離れ分娩 つらくて孤独


  半年医師不在 遠い本土

  「島で産めてよかった」。生まれて間もない長女の優心(こころ)ちゃんを大事に抱え、中村妙子さん(36)は、そんな思いをかみしめていた。退院の日、隠岐病院(島根県隠岐の島町)の玄関口。迎えにきた夫の正人さん(30)と長男の和輝ちゃん(5)にも笑顔が広がる。やわらかな太陽の光が家族を照らす。

 町内に住む中村さんは、昨年十一月、二人目の優心ちゃんを産んだ。隠岐病院は産科医師が確保できず、昨年十月十五日まで半年間にわたって分娩(ぶんべん)を休止していた。妊娠中、「本土で産まざるを得ないかもしれない」との不安を抱えながら過ごしていた。

 離島の隠岐の島町と本土との間には、日本海が波打つ。高速船でも一時間以上かかり、悪天候の場合は海を渡れない。隠岐で唯一、赤ちゃんを取り上げる場だった隠岐病院が分娩をやめれば、本土で出産するしかない。しかも、母親とおなかの赤ちゃんの安全のため、予定日の一カ月も前から島を離れなくてはならない。「家族と離れ、孤独に一人で産むのが嫌だった」と振り返る。

 お産をどう考えるか―。「命の誕生の場面」「育児のスタート」「新たな家族ができる瞬間」…。単に「分娩」という行為があるだけではない。身近な地域で産みたいという人たちの声には、家族や親しい人たちとともに出産を迎えたいとの思いがこもる。

 隠岐病院が分娩をやめた半年間、本土で出産したのは六十二人。第四子の出産を控えた佐々木亜希さん(29)は昨年五月、予定日の約三週間前に島を離れた。一人暮らしを始めた松江市のホテルでは、島に残してきた一〜九歳の三人の子が心配で、夜も眠れなかった。

 結局、予定日の十日前に陣痛促進剤での誘発分娩を選んだ。「一人で待つ不安に耐えられなかった」。生まれてきた子どもにまず、「早く産んでごめん」と謝った。

 「出産前は待つのが楽しいはずなのに、つらくて孤独だった。何かおかしい」。そう感じた。

 宿泊費や交通費などの出費も大きい。病院を運営する隠岐広域連合は、「緊急措置」として、妊婦一人に最大十七万二千円を支給している。

 しかし、町内で開業し、九百人以上の赤ちゃんを取り上げてきた助産師の長野千恵子さん(73)は「金銭的にも大変だけど、精神的なしんどさを忘れてはだめ。精神的な安定は安産につながる」と指摘。「命懸けのお産で赤ちゃんが生まれてくる時は、人生の中で、とても大切な時間でしょう」と強調する。

怖い雪道 近くに病院あれば…


  山間部「ゼロ地帯」拡大

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庄原赤十字病院の婦人科外来の看板。分娩を休止したため、それまであった「産」の字をテープで隠している

 中国地方では、ここ数年、中山間地域を中心に病院や診療所での分娩休止が加速している。五県の百十四市町村の55%に当たる六十三市町村が、分娩施設のゼロ地帯になっている。合併で市域を広げた広島県北部の庄原市も、その一つだ。

 「大雪が降ったら、どうしようか」。十二月中旬、庄原赤十字病院に妊婦健診に来た福祉施設職員の藤田有美さん(35)=同市=は、妊娠八カ月の大きく張り出したおなかをさすりながら話す。

 同病院は〇五年四月から分娩を休止。市内には、他に分娩できる施設はない。現在は広島大病院(広島市南区)の協力を得て、年間百八十人前後の健診は続けている。うち約八割は、隣の三次市にある総合病院をお産の場所に選んでいる。藤田さんも、その一人だ。

 しかし家から病院までは車で約四十分かかる。庄原地域は広島県内では雪が多く、冷え込みも厳しい地域。雪が積もったり、路面が凍結したりすれば、病院までの時間は計算できない。出産予定日は寒さが最も厳しい一月末。「何もなければ、いいんですけど…」。道路はまさに命綱になる。

 「私は一人で頑張りたいタイプ。出産のときに夫は間に合わなくてもいい」と笑う。気になるのはむしろ産後、という。

 夫が、仕事を終えて病院を訪れるとなると、どうしても夜遅くになる。五歳の長男と三歳の長女は家に残すことになりかねない。「赤ちゃんを見せてやりたい。子どもたちは来られないかもと、あきらめています」。声が寂しそうだった。

 藤田さんは、こうも話した。「都市部では病院を選べる。庄原では選ぶどころか、病院がない。近くで産みたいと思うのは、ぜいたくなんでしょうか」

 戦後、目覚ましい経済成長を遂げ、「豊かな国」となったはずの日本。しかし今、「地域で産めない」異常事態が広がろうとしている。(平井敦子)

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▽6年前より67施設減少中国地方

 産科医師が全国的に不足し、分娩できる医療施設が減っている。日本産科婦人科学会の調査では、分娩ができる病院と診療所は二〇〇五年で全国三千五十六カ所。中国五県では計二百二十四カ所で、内訳は広島七十一カ所▽山口四十五カ所▽岡山六十一カ所▽島根二十七カ所▽鳥取二十カ所―となっている。分娩できる施設は、全国で六年前の八割程度にとどまり、六百四十一カ所も減少した。

 厚生労働省の調査では、こうした分娩できない施設も含めた産婦人科と産科の医療施設と医師数も減っている。中国地方の施設数は〇五年が四百四カ所で、六年前より六十七カ所少なくなった。〇四年の医師数は七百十七人で、六年前より七十二人減少した。

 背景には、二十四時間態勢の過酷な勤務や、拘束時間の長さ、他の診療科に比べて訴訟が多く、産科を敬遠する医師が増えている実態がある。

 さらに、〇四年度に新人医師の「臨床研修制度」がスタート。民間病院での研修を選ぶ医師が増え、人員不足に悩む大学側が各地の病院に医師を派遣できなくなった。このため、大学からの医師派遣に頼らざるを得ない過疎地を中心に産科の休診が相次いでいる。

2007.1.4