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第2部 被爆二世
5. 動かぬ国 不安解消へ遠い道のり2007.03.26

 東京・霞が関の官庁街に横付けしたタクシーから、段ボール箱が次々と降ろされた。二月二十六日の昼下 がり。広島、長崎の被爆二世約十人が、二世の援護充実を求める署名約三十六万人分を厚生労働省に運び込 んだ。

 「被爆者の悩み、苦しみは未来世代へ引き継がれています」。署名を呼び掛けた全国被爆二世団体連絡協 議会(二世協)の山崎幸治会長(38)=大竹市=は二世健診の充実や医療費支給を訴えた。しかし厚労省 幹部は「放射線影響研究所(放影研)の調査結果を待ちたい」。一年がかりで準備した「数の力」は、肩す かしを食った。

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 現在、二世の健康不安に応える行政の施策は限られる。国が一九七九年に始めた年一回の無料健診は「調 査研究」を目的とする単年度事業で、毎年の繰り返しがこの先も続く保証はない。九四年に成立した被爆者 援護法にも、二世対策は盛り込まれなかった。

 「被爆との関連が分からず不安だからこそ、援護が必要」。署名提出後の記者会見で山崎会長は声を強め た。

 だが国は「関連が分からないから援護は不要」と逆の立場を取る。二世協が署名を提出した二日後のこと。 放影研は、二世が生活習慣病を患う可能性(発症リスク)について「現段階では非被爆者の子との有意差(明 確な差)はない」との最新調査結果を発表した。これを基に厚労省健康局総務課は「施策を変更する新たな 知見は得られなかった」とする。

 一方、国の施策の枠を超えた独自の対策を講じる自治体がある。なかでも東京都の施策は、がん検診や長 期療養時の医療費支給など、全国トップ級だ。

 医療費支給は七六年に始まった。「高福祉」を掲げた革新都政だった。親である被爆者からの働きかけも あった。

 当時、都原爆被害者団体協議会(東友会)事務局長だった藤平(とうへい)典(のり)さん(78)は、 二世対策が議論となった七六年七月の都議会が忘れられない。都議の一人は「予算増の懸念がある」とし、 「永久的に被爆者援護を続けなければならない。(被爆者を)絶滅する何らかの方法はないか」とも主張し た。

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 広島で被爆した藤平さんは、参考人として議会で発言した。一人娘から「パパの血が流れている」と問い 詰められた経験から、偏見や差別への不安が頭をよぎり、二世援護の必要性を訴えながら涙があふれたとい う。

 そうして誕生した制度は定着してきた。二〇〇五年度は三百四十五人が医療費を受け、二千四百四十人が がん検診を受けた。都の上乗せ負担は七千万円を超える。二世が年齢を重ねるにつれ、経費は増加傾向にあ る。

 こうした事情から全国の自治体の腰も重く、東京都の施策が広がる見通しはない。「二世の不安な気持ち は理解されにくい。援護は必要と思うが、風当たりが強くなるのも困る」。藤平さんは深く、ため息をつく。 (石川昌義)=第2部おわり

【写真説明】署名簿を詰めた段ボール箱を厚生労働省に運び込む二世協の山崎会長(左端)ら(2月26日)



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