中国新聞

第1部 島で

■ 1 ■ しっぽを巻いて

 増えすぎ越境「疫病神め」

「猪変(いへん)」
(02.12.10)


 広島県の最南端、鹿島沖を並んで泳ぐイノシシが新聞に載った先 月十五日。地元の倉橋町役場で、何度も電話が鳴った。

 「なんで、海に沈めんの」

 「あんな疫病神」

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鹿島地図 鹿島沖を並んで泳ぐイノシシ=11月14日(呉海上保安部提供)

 農家からだった。矛先は、二頭を見つけ、鹿島に追い返した呉海 上保安部の船に向いた。

 日本では猟期以外、野生動物を許可なく捕まえたり、殺したりで きない。「法とか理屈じゃあない。恨みが言わせるんよ」。電話を 取った町産業経済課の出来悦次課長(56)は、そう推し量る。

 ◇ ◇

 周囲九キロと狭い鹿島。海岸まで山が迫る。イノシシよけか、油 臭い機械や光るCD盤、鏡台など、思いついた廃品を並べた段々畑 もある。

 「いっそ、島じゅうの山ごと焼き払うてもらいたいよ」と農家の 小平キヨミさん(75)。島にイノシシが現れたのは一九九〇年ごろ。 ミカンの根を掘る。実を食う。枝を折る…。夜ごとの被害に根負け し、小平さんはミカン六百本がなる段々畑を見放した。戦後二十年 かけ、亡き夫と石垣を積んだ畑だった。

 「囲いに金かけても、ミカンが安うて割が合わんしね」。二男で 左官業の可六(かなむ)さん(45)は小学生のころ、薪(まき)拾い が日課だった。石油やガスの普及で、荒れ放題になった裏山からこ の春、岩が転げ落ち出した。好物のタケノコをあさるイノシシの仕 業だった。「土砂崩れが怖い」。雨が続くと、母は寝床を移す。

 ◇ ◇

 イノシシは人けを嫌う。倉橋町は山も深い。島内に何頭いるの か、誰も知らない。確かなのは駆除の頭数くらいだ。

 町が駆除を始めた九〇年、わずか一頭だった捕獲数は十年後の一 昨年、二百九十九頭に膨らんだ。昨年は六百八十六頭と、さらに倍 増。「もう下火のはず」と踏んだ今年も十月末で、過去最高の七百 頭台に乗った。「まるで底無し。訳が分からん」。出来課長は動転 が収まらない。

 雌イノシシは冬に身ごもり、春から夏に五~六頭の子を産む。例 えば、百頭の半分が雌の成獣で、駆除をせず、幼獣ウリ坊も順調に 育てば、翌年には三百頭前後に増える。雌は生後二年で、子を産み 始める。

 島の面積と捕獲数を比べると、鹿島の生息密度は町全体の二倍近 い。写真の二頭も「縄張り争いに負け、しっぽを巻いて逃げ出した 雄同士」と、島の猟場に詳しい佐伯孝行さん(61)はみる。

 町内の猟友会員は六人だけ。いきおい、駆除は罠(わな)頼み で、おり型の箱罠は近く百基を超す。県内では群を抜く数だ。電気 さくやトタン板でミカン畑を囲う農家も増え、食害はやっと鎮まる 気配だ。

 餌場が狭まれば、おなかがすく。イノシシたちは、海へ、そして 陸へと、越境を始めた。

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